ヨーガの教え

ヨーガの真髄

2011年2月20日(日)大阪・舞道ダンスシアター  
サットサンガ(真理の集い)より (『パラマハンサ』NO.85より抜粋)

「愛の教訓」

約四年半ぶりとなる大阪でのサットサンガ。総勢四十名を超える人たちが一堂に会した。一年半ほど前から、中央公会堂のヨーガ・瞑想クラスでは、真理に対する理解を深められるようにとクラス開始時間前より参加者が集い、共に学び合える時間を設けている。その中では、真の師から直接教えを学ぶ大切さなどについても話し合われてきた。まさに機は熟し、皆の熱意の高まりによって、今回ヨギを大阪にお招きしてのサットサンガが実現した。皆は、少しの緊張感を伴う期待と興奮に胸を高鳴らせながら、師の到着を待っていた。

ヨギが会場に入られてしばらくすると、アムビカーが参加者の気持ちをほぐすように、この場が活発で素晴らしい二時間になるようにと明るく声をかけた。そして出席者の半数ほどになる、ヨギと初めて会う人などが紹介される。弟子の一人が中心となって女性支援活動をしている「いるかくらぶ」からは、小さな子供のいるお母さんや助産師さんが来ている。また知人からの紹介などでヨーガに触れるのは全く初めてという人もいる。ヨギは優しい笑顔で、丁寧に挨拶に応えられていた。

アムビカーは、今日は生活全般の中で皆が抱えている事柄について話がしたいと語る。そして、舞道ダンスシアターでベリーダンスを教えている友人のマヤさんを紹介する。

マヤ「ベリーダンスをさせていただいていまして、それを自分の人生の中でどういうふうに表現できるのか、自分を通して何ができるのかを常に感じながら、答えをいただきながら前に進んでいて、がむしゃらにやり過ぎているのですけれども。その中で愛というものをいただいていると思うのです。それを伝えていくのにどういう方法がいいのか、何かキーワードみたいなものが私に降りてこないかと、いつも探り探り、踊らせていただいたり、いろんな人と出会ったりしているのですけれども、何か私にアドヴァイスをいただけませんでしょうか」

ヨギ「そうですね。愛という言葉と、そしてその行為というのは、古来、人間だけではなくて動物も、虫でさえ、すべてのものがもっている天命のような働きだと思います。子供の頃は些細な事柄を愛したり、夢中になったり、そして思春期になれば異性に恋をして、やがて子供を愛し、友人を愛し、すべてのものを愛していく。そんな単純な思いと行為にもかかわらず、世の中ではその愛が間違って、苦しみを与えてしまったり、悲しみを招いたりすることも多々あります。どこにその間違いが生じたのかということを見れば、愛という行為の下に自分を愛してしまっている。自分の思いとか夢、欲、執着、そういう自分を愛することで、他者への愛が忘れられた結果、悲しい出来事が起こるのだと思います。愛というのは、きっとこの人間が人生の中で学ぶべき、大いなる教訓だと思います。

愛の本質は捧げることです。自らを他者に捧げることです。それは人間だけではなく、動物や他の生き物、またこの地球という環境、宇宙、すべてのものに自らを捧げる。もっとはっきり言えば、自己犠牲ですね。自分の命さえもなげうって他者の幸福のために行為をする、それが本当の愛だと思います。ヨーガを学んでいくとエゴや煩悩といわれている欲望への執着に気付かされて、それらを無くしていこうとする―これがヨーガの中心的な内容です。愛も、自己愛から他者への愛というふうに自然に移り変わっていきますし、それは本当の愛に近づいていくことになると思います。
そのように自らの情熱、そして命を思いきり発散させ、そうして捧げきって踊り明かしてください(笑)」

マヤ(笑顔で)「はい、分かりました。ありがとうございます」

ヨギのお言葉を深くうなずきながら、マヤさんは真剣に聞いていた。


*弟子たちは正式には「シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ」と呼ぶが、敬愛を込めて「ヨーギー」「ヨギ」と呼ぶこともある。

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