ヨーガの教え

ヨーガの真髄

「カルマを理解する―三つ子の魂百まで」

笹沼さんは小学生の息子、風馬くんとともに松山から参加している。昨年末からヨーガを続けているという風馬くんは、「瞑想はいつもヨギさんが胸の近くに来てくれるんです」と報告する。ヨギは感心された様子で話を聞かれ、優しく「続けてね」とおっしゃる。

笹沼「この子が小さい頃、ヨギさんに『どうやって子供を育てたらいいですか』と質問したことがあるのです。そうしましたらエゴが無くなるように、生まれないように育てなさいと言われたのですけれども、具体的にどういうことなのか、今さらで恥ずかしいのですが、お伺いしたいです」

ヨギ「エゴイズムという傾向は、自らと他を区別するその自意識、自我意識というふうにいえます。この自我意識は、心を構成している一つの大きな柱、この自と他の区別意識というものが、この世の中では必然として備わっています。ただその限りでは差し支えないのですが、ここに我(が)を大きく、強くしていくことにより、我がままであったり、優劣の意識があったり、差別意識であったり、本来は単なる区別するだけの意識なのに、そこに差別的な思いが入ってくることがまた良くないことですね。だからそのあたりを、小さいうちから我(が)が、我がままが強力にならないように育てていくのがよろしいかと思います」

笹沼「例えば、一緒に遊んでいる虫とか小鳥とかが全部同じ気持ちだから仲良くするようにとか」

ヨギ「そうですね。そういう意味では万物はみな平等であるということを教えてあげるのは大事なことですね」

笹沼「分かりました。それなら、まだちょっと間に合うかなと思います」

ヨギ(軽快に)「間に合いますよ。大丈夫ですよ」

荻野「うちの息子はゼロ歳児の時から、物が壊れるのを見てゲラゲラ笑ったりして、破壊が好きな感じでして(皆笑)。今二歳なんですけれど、組み立てた物を破壊してはゲラゲラ笑うというところは、直してあげた方がいいですか」

ヨギ「インドでも有名なシヴァ神は、破壊の神だといわれています。破壊があるから再生があるというふうにもいわれているのです。そういう意味では創造の神でもあるわけですから、破壊と創造というのは裏表になっている関係です。小さいうちは、なんでも科学によりますと古代の恐竜の意識が強いとか……。そして年齢を重ねるごとに人間のように進化していくという説もあるようですので、小さい子供にとってはごく自然のことかもしれません。だから今はそれほど気にする必要はないと思います。昔からいわれるように、ことわざというのは本当に当(まと)を得ているものが多いですね。今言いたかったことは―《三つ子の魂百まで》という言葉があります。だから三歳ぐらいからが重要なのではないのかなと思います」

シャチー「勘違いしているかもしれないので、もう一回その《三つ子の魂百まで》の意味を教えてください」

ヨギ「魂という言葉も、スピリチュアルなところでは純粋な霊魂というか、純粋な魂として理解することが多いのですけれども、一方では心を表す言葉でもあります。実際的なこの世での行為というのは心をもってなされますから。魂が本体だとしても、その心に引っ張られて活動するからなのかもしれません。ここで三つ子の魂という時には、三歳の頃にはカルマが現れてくるということですね。カルマというのは前世におけるさまざまな行為の結果、今生で味わわなければならないものとして理解されます。たとえ双子で生まれようが、同じ境遇で生まれた兄弟であっても、その進展は異なっていきます。その違いは前世が違ったから。だから違った結果を迎える。たまたま同じ両親の下、境遇の下には生まれるけれども、内面の設計図は異なっているということです。ですから三つの時にそういったカルマが現れてくる。そのカルマを果たすために生涯を費やすわけですから。百までという、それは死ぬまでという意味ですね」

アムビカー「カルマという言葉を私たちが使うと、カルマは悪いことなんでしょう、というイメージで言われるのですけれど」

ヨギ「両方の理解があります。良いカルマもあります(笑)。しかし一般的には一切皆苦という有名な言葉があるように、人生というのはなかなか思うようにならない。それどころか比較すれば苦しみの方が多いということですから、それを引き起こすカルマというものがネガティブに理解されることが多いですね。でも確かに良いカルマもあるのです。それは前世においてやはり良い行為をし、そして今生ではそのご褒美というか、幸せな生涯を送るとか、あるいはもっと吉祥なカルマとしてはヨーガを学ぶことができるとかいうこともね(ヨギ、皆笑)。

そしてヨーガ的な考え方は、お釈迦様もそうでしたけれど、運命は確かにカルマによっていったんは決められたかもしれない。けれども、どのようにでもそれを変えていくことができるという積極的な考えを基にもっています。ですからカルマは恐れるには値しません。ただそのようなカルマの仕組みというか、カルマというものを正しく理解することで、そのカルマを超えるということが可能になっていきます。これがとっても大事なことです。そのことを知らないでいるとカルマによって翻弄されて、カルマが主人公のようになって、まるで奴隷か操り人形のような人生を送らなければならなくなりますから。ヨーガもお釈迦様の教えも、やはり一口で言うならば、カルマを無くしていくということに尽きるのかもしれません」

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