ヨーガの教え

ヨーガの真髄

「グナの働きと心身の関係」

藤原「私はずっと、ブッダの私は何者なのかという瞑想を繰り返しているのですけれど、このところエゴに翻弄されていて、苦しくて続けられなくなってしまうのですが、そういう時にどういうふうにすればいいのでしょうか」

ヨギ「そういう時は、ちょっと瞑想を中断して気を入れ替えるというふうにした方がいいですね。それはちょっとした散歩でもいいし、アーサナでもいいし、あるいは家事などの作業でもかまわないし、少し気を入れ替えるのがよろしいですね」

藤原「では短時間の瞑想をして、そういうことが出てくると別のことで気持ちを入れ替えて、また繰り返した方がいい」

ヨギ「そうです。ご存知の方もあるかもしれないけれど、心はグナという―グナというのは特質あるいは性質みたいな意味合いなのですけれども―三つの要素が活動しているというふうにいわれています。これは心だけではなくて、あらゆる物質やこの宇宙すべてがその三つの要素の混合物であり、またそれが不規則に活動していることにより変化しているというふうにいうわけです。もしこの三つの均整が取れていれば、何ら動きもなく、それは死というような無活動の状態になりますから。

その三つは、透明な軽い、明るい性質、それから次には激しく動き回り、常に動揺し、不安を醸し出すような性質、そしてもう一つは暗闇の性質をもっていて、重くて鈍い、そういった性質になります。それで瞑想は最初に言った明るい性質、軽やかな性質、この時でないとうまくいかないのです。だから気を入れ替えるというのは、少し掻き回すことによって心を落ち着けるという、この今言ったグナの性質がよりバランスを取れるように、明るい性質の方になるように、というためのものです」

藤原「分かりました。ありがとうございます」

シャチー「瞑想中にそういうネガティブな思いが出てくるということを時々聞いたことがあるのですけれども、決してそのネガティブな思いには集中しないようにしていく」

ヨギ「はい、それはしないでください。ますます落ち込むことになっていきます(皆笑)。そういうわけでアーサナというのも理由があって、ヨーガの霊的な修行の中に組み込まれているわけです。結局のところ、健康な人というのは自分の身体に対して何にも感じていないのです。でも何かを感じるというのは、どこかが具合が悪いとか、そこが異常だからでしょう? だから本当に健康ならば、身体なんてないかのようです。そして心も思うままに動いてくれる。心も同様なのです。心が健全な時には心というのはないかのようなのです。でも心は良いことであれ、悪いことであれ、常に何かを訴えますね。それは身体に例えると病気のようなものです。だから心を無にする、空にするというのは、実は本来の健全な心の姿なのかもしれません。それが今言った三つの性質の明るくて透明な性質、これを優勢にするということですね。(きっぱりと)そしてこれは可能です。

だからアーサナをするのもいわば身体を忘れるために、どこかが調子が悪くてもそれが治ったり、快適になったりもします。これはアーサナの効果として挙げられますが、そのことによって快感を楽しむのではなくて、身体のことを忘れるために身体を取り上げているんですね。そういう意味では心に刺さった棘みたいなものを抜き去るために、心を透明にするために識別をしたり、集中をしたりすることになります。

もともとの本当の自己というのは、初めから、今も、そして永遠に輝いている、何の不自由もないものですから。自分が自分に目覚めるため―それが悟りなのです。ついつい私たちはいろんな知識や技術、経験でさえも多くを取り込むことが、さも人生だというふうに誤解していますが、実際は棄て去ることなのです。本当にこの服も脱ぎ去り、この肉体も脱ぎ去り、心も棄て、本当に素っ裸に、無垢の素っ裸になることなのです。難しい哲学も言葉も何もいらない。(軽やかに)単純なものですよ」

ヨギは、優しく皆に微笑みかけてくださった。

 

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