世界をよく見ること。それは感じること。

私は障がい者の方の生活をサポートする福祉事業所に勤めています。
ご自宅を訪問して生活介助をしたり、外出のお手伝いをする、いわゆるヘルパーが私の仕事です。

仕事場に向かう途中に通った桂川。雲一つない青空!!(10/3)

また、昨年からは現場以外の事務的な仕事もするようになりました。
先日まで続いていた緊急事態宣言下では、障がい者の方が今どんな生活をしていたり、どんな生活を求めているのか、そういった当事者の方々の現状や需要を調べてまとめる業務をしていました。
現代はとても便利な時代です。
例えば、インターネットで「障がい者 一人暮らし」で検索すると、いろんな情報が出てきます。
最近では20代の車椅子の方たちがTikTokやYouTubeで自分たちの一人暮らしの様子や思いを発信していて、楽しく見れる動画が多くありました。
またTV局や厚生労働省もYouTubeチャンネルで障がい者の方やその親御さんを取材した特集を配信していて、これはまたしっかりと編集されていて見応えがありました。
そうやってたくさんの動画や記事を興味深く見ていたのですが、突然私の心に一つの問いがやってきました。

「そこから何を感じるのか?」

その瞬間、私は約9年前、「ヴィヴェーカーナンダのハートになるためにはどうしたらいいですか?」と師に質問し、それに対して師がおっしゃった言葉が思い出されました。

「世界をよく見ること。それは感じること。……
そうして胸の奥からどんな衝動が起こるのか、それに気付いていく作業が必要」

そして私は、たくさんの動画や記事を見る中、「自立」のために努力している方々に気持ちが動いていることに気付かされました。
障がいがあっても生活訓練所に通って社会生活を営む準備を何年もかけてしていたり、作業所で就労して立派に勤めを果たしている方、事故の後遺症があってもリハビリをして自分でできることを最大限行なっている方、また知的障がいのある息子さんの将来を考えて息子さんと離れた生活を葛藤を抱えながらも決断されたご両親、さらにそういった経験を誰かの助けになればという思いで自らYouTube配信をしている方、そんな方達の自立に向かって行動している姿に私の心は動かされていました。

今回、仕事上の小さな気付きでしたが、師の教えが自分の心の深いところでも働いていることを実感し、とても嬉しく思いました。
師は弟子の自立のため、陰ながらいつも助けてくださっているのですね……‼️
感謝を胸に、仕事もサーダナも前進させていきたいです。

「立て!目覚めよ!そしてゴールに達するまで止まるな!」  スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ

ゴーパーラ


ミニアチュールに神を見る

『パラマハンサ』がWeb化されて3号目が9月20日に配信されました。コロナ禍でおうち時間が長くなり、外出先で見るよりは自宅のパソコンで閲覧することが圧倒的に多くなりました。コンテンツも増え、読むのも見るのも楽しい記事ばかりです。

その中でも、時間をかけて隅から隅まで味わうことのできるようになったミニアチュールといわれる細密画が掲載された「バーガヴァタ・プラーナ」は、楽しみな記事の一つです。神様や神話になかなか馴染めなかった私ですが、毎号、サーナンダさんの臨場感に満ちた物語の描写と細密画の見方について読んでいくうち、絵を通してそれらを身近に感じられるようになっています。

『パラマハンサ』№120より、懐かしいモノクロ印刷。当時はこれがカラーだったらどんなに美しいだろうと、もどかしく思っていました。

細密画の特徴として、1枚の絵の中に複数の場面が描かれるということを教えていただいた時、そんな描き方があるのかという新鮮さと同時に、1枚で紙芝居が完結できるとはなんて効率的なのだろうと感心もしました。視線を少し動かすだけで別の場面に入っていけるのです。Web画面は拡大することができるので、細部までじっくり見ていると、こんなところにこんなものがという発見もあって見飽きることがありません。あちこち拡大したり全体を見直したり、気が付くと画面との距離が10cm位になっていたりして。こんなに魅入られてしまう細密画の力はどこからくるのでしょうか。

きっと描き手は一心不乱に描くことだけに集中していたでしょう。描いている間、内面は神のことだけでいっぱいになり溢れるエネルギーに衝き動かされるようにペンを走らせる。誰かに何かを伝えたいという思いすら持っていなかったかもしれません。その神への強烈な思いが、見る者をいつしか描かれた世界に誘う。1枚の細密画の中にある物語の流れのまま、身を任せるように見ていると、それが過去のこととか異国のこととか関係なく、時間と場所を超えて実際に存在しているように感じられるのです。

漆黒の背景に鮮やかな衣装が映える細密画 。細密画を端末画面の壁紙にしている方も多いのではないでしょうか。

細密画には作者名や制作年などの情報はありません。以前の私は、いわゆる芸術作品といわれるものを鑑賞する際、誰が作者で、いつ頃どんな状況の下で作られたのか、必ず確認していました。そうしないと不安でその作品を信用することができなかったからです。初めて細密画を見た時には何の手掛かりもなく確かめることができなくて、落ち着かなかったことを覚えています。でも今は、作品に関する情報がなくても全く気にならなくなりました。
「バーガヴァタ・プラーナ」で、神と彼らのエピソード、細密画について基本的なことを教えていただいています。細密画には描き手の神への純粋な思いが込められている、ただそれを純粋に受け取るだけなのだと思います。そこには神のみが存在しているのだから。

マイトリー


プラーナを調えて穏やかに行為する

クラスに通い始めたばかりの頃、アーサナ(ポーズ)は夜に行なった方が体が柔らかくてやりやすいと聞きやってみたのですが、シャヴァ・アーサナで寝落ちして風邪を引いたこともあり、朝行なうことにしました。体は硬くても吐く息に集中すると次第に呼吸が深まり、体も少しずつしなやかになるのが心地良く、自然と毎日の習慣となりました。

ここ数年は仕事の前か休憩時間にアーサナをしていますが、朝よりは昼の方が体が柔らかくなるかと思いきや、精神的に落ち着かない状態では身体はずっと硬いままで呼吸も深まらず。精神的に安定した状態では力みがなく形を作りしっかりと息を吐き切ることができると気付きました。アーサナ1つをとってもいかに心の状態に影響を受けているかを実感してます。

治療院から少し歩いたところにある栗の木。秋の訪れを感じます。

ところで、今年6月にこのブログで認知症の患者さんのことを書きましたが、その患者さんは8月に熱中症になったことを機に一気に体力が低下して認知症状が進みました。毎週患者に状態を確認する際の電話口の声も、すっかり元気のないものに変わりました。それでも治療を受けたいという意志は変わらず、毎週入っていた予約はそのまま継続。しかし予約を忘れていたり、途中で歩けなくなり家に戻ったと連絡が来たり、実際には来られない状況が続きました。担当のケアマネジャーの方と随時連絡を取り近況を伺ってはいましたが、おそらくもう自力で来院する体力はないとのこと。患者さんご自身の希望を最優先したいけれど、通院自体の危険性が高まってきたため治療を断るか検討し始めました。

そんな状況の中迎えた予約当日、患者さんから電話がありました。以前のような元気な声で、今日は行けそうだけど財布の中にお金がないとのこと。銀行でお金を引き出してから治療に行く方がいいかとの確認でした。既にケアマネジャーからお金を引き出せなくなっていると聞いていたのですが、治療に来る意志は強く、お金を用意してから来てください、何かあったらすぐに電話をください、と伝えて電話を切りました。これまでも何回か同じようなことが起きているのでその患者さんの予約は必ず休憩時間の前に取るようにしていましたが、それでも次の患者さんまでに間に合わない事態も想定して待つことにしました。
食事を摂るかアーサナをするか迷いましたが、何が起きても落ち着いて対応するにはプラーナを調えることが大切、短くても集中してアーサナすることにしました。こういう緊張した状況でアーサナをするのは初めてのこと。体も硬くてやりづらいだろうけど、今だけはアーサナに集中しようとやり始めました。
予想とは異なり、クラスに参加している時のような集中感がありました。ハラ・アーサナ(鋤の形)で背中をしっかりと起こすことができて、そのままサルヴァンガ・アーサナ(肩立ちの形)に移行した時に普段よりも真っ直ぐに体を保持できるような感覚がありました。カチッと集中のスイッチが入ったような感覚があり、アーサナを進めるに連れて、ずっと息を吐き続けられるような体感がありました。吐き切った後に吸う息が入ってくることがなく、完全に静止した状態が何度も訪れました。これまでで一番集中していたかも?と思えるほどでした。
アーサナしていたのは30分足らずでしたが、通常行なう全ての形を行ったわけではないのにそのような体感が起きたことに驚きました。
できればそのまま瞑想をしたかったけれどそれは難しく、休憩時間にやるべきことをやりましたが、呼吸はずっと静まったまま。体は動かしているのに心の動きは止まっていて、不思議な感覚でした。

ヤイトバナ(ヘクソカズラ)。ヤイトとはお灸のこと。赤い色がお灸の痕に見えるのが由来とされています。鍼灸師としてはとても親しみのある花です。

アーサナの余韻でぼーっとしていましたが、ふと時計を見たら電話があってから1時間半ほど経過。以前ならATMに立ち寄ったとしても1時間以内に来られていたので、さすがに心配になってきました。もし歩ける体力がありこの辺りまで来ているとすれば、近くのATMにいるかもしれないと、探しに行きました。ATMには長蛇の例、患者さんが操作している背中が見えました。ひとまずケアマネジャーに電話で報告、その後声をかけようとATMに向かったところ、ちょうど患者さんが私がいる方に歩いてきました。私が電話している間にどなたかが助けてくれたようで、無事現金を引き出せたとのこと。
次の患者さんの予約までそんなに時間がない状態になっており、一瞬できないという思いが浮かびましたが、何とかする!と治療することにしました。
時間的に余裕のない状況だったにも関わらず、いつも通り患者さんに接することができたと思います。
久しぶりに診た患者さんの体は、筋肉が落ち、むくみがひどく、この体でよく歩いて来れたと驚きました。話したい事があるのに言葉が出てこない状態で、会話らしい会話はありませんでしたが、治療が終わる頃には幾分顔色が良くなり、無表情だったのが少し笑顔が見られるようになりました。
帰り際には以前のような力強さはないものの、いつもの「生まれ変わりました」という言葉も出て、一安心。無事にご自宅まで戻られることを祈りつつ見送りました。

今後も厳しい状況が続くと思われますが、今回に関しては最善と思われる対応ができたのではないかと感じています。次回も来院できるのかは分からないし、うちに来ることが本当に患者さんのために良いことなのかも分かりません。
先のことを考えると心配や不安がつきまといますが、とにかく目の前で起きていることに誠実に対応できるようにしていきたいと改めて思いました。
その患者さんのためにできることの一つは、いつでもどんな状況でも動じずに穏やかに接すること。
そのためにも日々のサーダナを大切に実践していきたいと思います。

中秋の名月。雲間から見える優しく光を見ていると、穏やかな気持ちになりました。

ハルシャニー


自由への道(呼吸の制御)

先日、私は東寺の近くに用事があり、出掛けました。(急を要する用事でした)
ただ目的地を勘違いして、その周辺を彷徨ったのですが💦、歩道橋から見えた東寺の五重塔の景色がとても綺麗だったので、迷ったことも「まぁ、これが見れてよかったか」と思えました。

さて、今回のブログでは「塔」の話も出てきます。
お付き合いいただけたら幸いです😊🗼


人は普通に生きていると、イライラやドキドキ、ムラムラやモヤモヤなどの感情の波が大なり小なり起こってきます。
しかし、そのような感情や心の思いの波に巻き込まれずに、それらを制御して、すでに私たちの中に在る絶対の存在ーー「本当の自分」「神」「自由」ーーその真実に目覚めることをヨーガは目的としています。
ただ私自身、ヨーガを実践していても、時折その波に巻き込まれそうになります。
最近もそのようなことがあり、識別をしたり神を思ったりしていたのですが、上手くいかず、どうしようかと数日間苦しみました。
そんな時ふと「呼吸を吐き切ろう」と思い、お腹から呼吸をぐっーと吐き切った瞬間、その波が嘘のように一瞬で収まりました。

呼吸が止まれば心の静止につながることは理解していましたが、理屈抜きの出来事にとても驚かされ、緊張したり動揺した時は「深呼吸」というのは本当だったんだと実感しました。

その後、呼吸の制御に関心が出てきた私は、ヴィヴェーカーナンダの『ラージャ・ヨーガ』を読み返しました。
呼吸はプラーナ(気)の大きな現れです。プラーナはこの宇宙万象を動かす根源的な力で、私たちの身体のさまざまな活動も、心の働きも、全てプラーナの力によって起こります。
この呼吸とプラーナの密接な関係と制御について、ヴィヴェーカーナンダはとても分かりやすい喩えで説いていますので、紹介させていただきます。

ある時、ある王様に仕える大臣がいました。彼は王の不興を被りました。王は罰として彼を非常に高い塔の頂に閉じ込めるよう命じました。大臣はそこで、死ぬのを待つことになりました。
しかし彼は忠実な妻をもっており、彼女が夜、塔の下に来て夫を呼び、助ける方法を尋ねました。彼は彼女に、次の夜、一本の長いロープと、丈夫な糸と、荷造り用の糸と、絹糸と、一匹のカブト虫と、そして少しばかりのハチ蜜とを持ってこい、と命じました。たいそう不思議に思いながら、善良な妻は夫の命じるままに、これらの品を持って塔の下に来ました。夫は彼女に、カブト虫に絹糸の端をしっかりと結び付け、それのツノに一滴のハチ蜜を塗り付け、それを塔の壁に沿って上を向けて離せ、と命じました。
彼女はこれらすべての指示に従い、カブト虫は長い旅に出発しました。それはハチ蜜の匂いを追ってひたすら登り続け、ついに塔の頂に達しました。大臣はそれを捕え、絹糸の端を手にしました。彼は妻に、糸の別の端を荷造り糸に結び付けるよう命じ、それを引き上げて手にすると、強い糸で、次にロープで同じ動作を繰り返させ、ついにロープの端を手にしました。そのあとは楽なものでした。大臣はロープをつたって下に降り、逃亡しました。
我々のこの身体の中で、呼吸運動は「絹糸」です。それをつかみ、それを制御する方法を学ぶことによって、我々は神経の流れをいう荷造り糸をつかみ、これから我々の思いという丈夫なより糸を、そして最後にプラーナというロープをつかみます。それを制御することによって、我々は自由を得るのです。

呼吸の制御を第一として、神経、心の感情や思い、そしてその原因であるプラーナ(気)を制御する階梯を見事な比喩でヴィヴィーカーナンダは説いています。
またこの物語は、ヨーガの実践において大切な要素が含まれていると私は感じます。
妻の夫に対する忠実さは真理への忠実さを示し、真理の教えを一つずつ確実に行なうことによって心の檻(塔)から自由になるという、まさに王道のヨーガの実践、そして境地を象徴しているように思います。

私は前回のブログ『失われることのない自由』で、「私たちの本性は自由である」ということを書きました。
今回、その自由への道は、呼吸の制御からも繋がっていることを実感しました。
数千年の歴史をもつヨーガは、私たち人類に自由へと導くさまざまなルートや方法を提供してくれていて、その懐の深さには本当に驚かされます。

お彼岸を迎え、明日の9月23日は昼夜の長さがほぼ同じになる秋分で、大気のプラーナが中庸になる日です。
この力を借りて、プラーナの制御の実践をしていきたいですね!!

姉弟子から彼岸花をいただきました。彼岸という言葉はパーラミター(到彼岸)を略したもので、悟りの境地を意味しているそうです。

ゴーパーラ


MYMロングスリーブTシャツ・女性には七分袖も 予約開始‼️

今年の4月に発売した、マハーヨーギー・ミッション設立45周年を記念したオリジナルTシャツ。
師がデザインされたヨーギーのシルエットは、ちょうど胸の辺りに位置し、Tシャツを着ると「本当にここ(胸の奥)に光り輝くアートマンがいてくださると力強く感じる!」と、感動の声が多く届きました。

そして今回は、待望のロングスリーブTシャツ(ユニセックス)と、女性には、今の時期から活躍する七分袖をお届けします。


左)ロングスリーブ ユニセックス M 右)七分袖レディース L

このアートマンのシルエットは、マハーヨーギー・ヨーガ・アーシュラマが開設された1976年に、師が描き、デザインされた看板と同じものです。

この秋冬も、アートマンを胸に抱き、ともに真理の道を歩みましょう!

 


9月15日に届いたばかりのサンプル。
  

鮮やかなものからシックなものまでカラーバリエーションが豊富。女性用の七分袖はぴったりフィットながらもストレッチがきいていて、着心地も最高です。

 

詳しくはホームページで https://www.mahayogi.org/informations

 


雨の日の贈り物

すごく嬉しい時、逃げたいくらいの苦しい時、どちらの時も、師の眼差しと共に、

  すべては神の思し召し

という教えが胸の中にやってきます。
つい最近、雨がしとしとと降る日もその教えがやってきました。喜びや苦しみという自分の思いにはまり込む一歩手前で、「私がどう思うかは関係ない、真理だけが絶対」と思いが切り替わり、目の前に真実の輝きだけが残ったように感じたことがありました。

考えたがる私の心ではなく真実を見つめよう、そう方向が定まりだしたのは、「繰り返し真理の教えについて聞いて、考えて、そして瞑想して」と師から教えていただいた、それに尽きます。
真理を拠り所とする中で気付いたことは、自分の存在に拘り過ぎているから苦しむ、ということでした。そして、24時間すべての時間が本当は「すべては神の思し召し」なのに、時にそう思えなくさせているのもまた「私」でした。

私の理想とする姿は『カルマ・ヨーガ』*の中にたくさん出てくるのですが、その理想に近づくためには、「私」という利己心が邪魔になってる、とある時、気付きたくないことに気付きました。だから本を通して、スワミ・ヴィヴェーカーナンダからの言葉が、とても胸に響いてくるのです。

もし皆さんが神を信じるなら、わがものと思っているすべてのものは実は彼(神)のものなのである、とお信じなさい。

われわれは自分の心に、この宇宙間に誰ひとり、自分に頼っている者はいない、一人の乞食も自分の施しをあてにしてはいない、一個の魂も自分の親切に頼ってはいない、一個の生物も自分の助けをあてにしてはいない、と言って聞かせなければなりません。すべてのものは、自然に助けられているのです。

人に何かを与えて何事も期待しないときには――その人が感謝することさえ期待しないときには――相手の忘恩が気にさわることもないでしょう。・・・皆さんはその人に、その人が受けるに値するものを与えただけなのです。その人自身のカルマが、その人にそれをもたらしたのです。あなたのカルマが、あなたをしてそれの運び手たらしめたのです。何であなたが、何かを与えたと言ってそれを誇る理由などがありますか。あなたは、金かその他の贈り物を運んだ運び手、世界はそれ自身のカルマによって、あなたにそれをさせることができたのです。あなたが世界に与えるものは、たいして立派なものではありません。

*スワミ・ヴィヴェーカーナンダ著『カルマ・ヨーガ』より

やるべき行為に全力を尽くし、結果には何ら無頓着、それがヨーガだと師から学んできました。私の理想の姿はヨーガの中にあります。降りしきる雨の中にいると、この世界とは遮断され、今は神と私だけ、という気持ちになります。天から真っすぐに落ちてくる雨粒が、とても愛おしいと思えた日のことでした。

雨に濡れ、つややかな青もみじ

野口美香


English

約30年前、中学2年生の時に同級生全員で英検4級の試験を受けました。

その頃使っていた英和辞典

この英検4級は、60~70%という合格率をもって思春期真っ只中の少年少女の明暗を分け、合否判明直後の教室をちょっとしたお祭り騒ぎにします。さらに、合格者の遠慮のない浮かれっぷりが不合格者にとっては酷なものであるということも教えてくれ、私はそれをつらい方の立場から思い知ることになりました。

英語教師が生徒を一人ずつ部屋に招き入れ合否を告げていく中、どちらかというと学校の勉強はこなせる方だった私に『不合格』の通知がなされました。その瞬間もそれなりにショックだったのですが、その直後に英語教師が放った一言をきっかけに、私は大の英語嫌いとなり、以後、頑なに英語を拒絶するようになったのです。
落ち込む私を慰めようとしてか、あるいは鼓舞しようとしてか、教師はこう言い添えました。
「惜しかったね~。あと一問正解していれば合格だったのにね。」

⁉ ……あと一問?

この言葉を聞いた瞬間ショックが何倍にも膨れ上がり、急激に口惜しさがこみ上げてきました。というのも当時の英検4級の問題は、4つの選択肢から一つを選ぶ択一式がメインだったので、少なからず運の要素があったのです。「あと一問…」が頭の中でこだましている私は憤懣(ふんまん)やるかたなく、こう思いました。「軽く10問以上はあるとおぼしき誤答のすべてが、一問たりとも4分の1の確率に引っかからなかったのか」と。このエゴ丸出しで意味不明な確率論を振りかざしたあげく私は、英語から不当な扱いを受け、英語にひどく傷つけられた被害者の立場を採ったのです。そして英語に対して、被害妄想という言葉では追いつかないほどの逆恨みを募らせ、結果、私は見事にふてくされました。
その後、大学卒業まで10年ほど怨憎会苦を味わい続けましたが、二十代前半でようやく英語教育から解放され、以後は、もう今生で英語と関わることはあるまいと高をくくっていました。

しかし、このとき私は知らなかったのです。後に私を救ってくれるヨーガ、その兄弟姉妹弟子が世界中に(当然英語圏にも)存在していることを。

MYM NEW YORKのホームページ。当然全部英語。

2019年の4月、春の祝祭サナータナ・ダルマ アヴァターラ メーラーに初めて参加した時、祝祭の前日、はるばるニューヨークから来日したレバノン人のグルバイ、プラパッティーさんとシャーンティ庵で共に過ごす機会が与えられ、私はおよそ20年ぶりに英語と再会したのです。(プラパッティーさん来日のブログ記事はこちら→ニューヨークの弟子プラパッティーの滞在🇯🇵🌸

春の祝祭後の交流会にて、NYミッションのプラパッティーさん(シャーンティ庵、2019.4.7)

長年疎遠だったとはいえ、色濃く根付いた英語への苦手意識は全く色あせていませんでした。少しでも聞き取りたいという仄(ほの)かな望みは、聞き取れるはずがないという諦めの前に儚く霧消し、通訳を一手に担っていたゴーパーラさんが席を外している間は、その場にいた日本人グルバイのコミュニケーションに頼って、微妙な笑顔で相槌を打つのが精一杯。結局、遠路はるばる来日されたグルバイに対して、終始私の心は逃げ腰だったのです。
自分が学んでいるのと同じヨーガを、生まれ育った環境も触れてきた文化もまったく違うグルバイが実践してきた体験談を直接聞けることは、そのヨーガの普遍性を学び取り信頼を深める絶好のチャンスだったのに、英語の苦手意識に執らわれて、それを丸々逸したような気がしました。


このことがきっかけで、私は英語への苦手意識を何とか克服したいと思ってしまいました。でもそれは、ふとそういう願望が湧いてきた程度のことだったのです。しかし、望んだ瞬間からその実現に向けて全面協力してくれるというのがこの世界のありがたくも恐ろしいところで、すぐに英語の教材やテレビ・ラジオの番組、ネット動画等の英語関連の情報が、続々となだれ込んでくるようになりました。試しに注文した教材が家に届くまでの間に若干熱が冷めてきたことなど、今さら言えるような雰囲気ではありませんでした。

ならばもう今度こそやるしかないと、家に届いた「1日●分聞き流すだけで、驚くほど英語が…」的な教材で克服しようと目論んでいましたが、「だいたいこのくらいの期間聞き続ければ…」という期間をはるかに越えて聞き流しても一向に進歩を感じません。

その時ふと私は、このままでは、覚悟なく欲したことに中途半端に時間を取られ、何の成果も上げられず、未収穫のまま残り続けるカルマに苦しむという愚を繰り返すことになると予感しました。それで、一旦立ち止まって、真に刈り取らねばならないものは何かを明確にする必要があると感じました。

これまで生きてきた中で、たびたび苛まれてきた覚悟のない衝動的願望と忍耐不足や怠惰との不協和音が、ヨーガと出会った後に再び英語と関わることで浮き彫りになりました。わかりやすく言えば、三日坊主というやつですが、私のは、三日坊主という評価を避けるための中身のない努力の継続を伴った、いわば『隠れ三日坊主』ともいうべきものです。プラパッティーさんを通して英語との再会によって私が真に与えられたのは、この隠れ三日坊主の悪癖の原因を断ち切るための絶好の機会であると捉え、その原因にしっかり焦点をあてて、今度こそ根こそぎにしようと決意を新たにしました。

中学生の時、英語教師の何気ない一言に過剰に反応してしまいました。「不合格? ……この私が?」という反応、その不合格の原因を何としても自分以外に見出そうとする姿勢、すべては己の傲慢さが原因です。必要なことは、不合格の結果を謙虚に受け止め、余計なことを考えずに真摯に勉強をすることだけなのに、謙虚と対極にある私の傲慢さは、自分がすべき努力を他人のしりぬぐいのように感じ、行為し始めるや否やすぐに苦手意識を生んでしまいます。そして自分自身に三日坊主という烙印を押さないために、早々にやる気の失せた中身のない努力、すなわち努力するふりに時間を費やすのです。必要な覚悟や決意をせず形だけにこだわる悪癖に気づいたとき、私は、英語の克服という美名で着飾った努力するふりをやめることにしました。そんなことに費やす時間があるのなら、サーダナ(ヨーガの修練)にあてた方がはるかに有意義です。私が知る、悪癖を根こそぎにする唯一の手段はヨーガであり、それは同時に目的でもあるのですから。

だからといって今現在、英語との関わり自体を完全に断ったわけでもありませんが、特に形にこだわったり惰性で努力を装うようなことだけはせず、自然に入ってくるものや現在縁のあるものを活かせる範囲内で英語と関わろうと心掛けています。そう心掛けることで自然と、頑なだった苦手意識が徐々に薄れていっているような気もします。

毎週縁がある(?)英語のアニメ。主人公の精神性に倣うところが多い。

英語への逆恨みを募らせた学生時代。私を苦しめている犯人は英語(と歴史と古文)に違いないと、あらぬ疑いをかけて忌避し続けてきました。その英語が、時を経ても霊性の向上が見られない私に気づきを与えるべく、慈悲でもって再び私の前に現れてくれたのでしょうか。あだを恩で返されたような私には立つ瀬がありませんが、せめて、今度はより深いところにも目を向けて、英語との関わりの中でもヨーガの態度を堅持しつつ、ついでに、英検4級レベル程度の英語力もこの身に備えてみたいものです。

Hey, English. I’m sorry for my rudeness. And thank you very much.

深水晋治


オーム・ナマ・シヴァーヤ

「オーム・ナマ・シヴァーヤ」というシヴァ神を称えるマントラに取り組んでいます。
最近、マントラを唱えていると神様に触れたような感覚や目の前の景色に神様のプラーナ(気)を感じる瞬間が、時おり訪れるようになりました。

2019年10月のサットサンガより(京都アスニー)

2年前、サットサンガでヨギさんに神様を信仰することについて質問した時に、

オーム・ナマ・シヴァーヤをやっていったらいい。

と言っていただきました。
当時の私は集中力も忍耐力も全然なくて(今もないけど当時よりはあります)、マントラの実践なんてとてもできないように感じました。
朝にシヴァ神の祭壇の前でマントラを唱え、その後朝の支度を始めるとマントラを忘れてしまって次の日の朝まで思い出さない、ということが繰り返しありました。
それでも少しずつですが、生活の中の隙間の時間や単純作業をしている時に、マントラを思い出すようになりました。

マントラの感覚に変化を感じ始めたのと同じ頃に、1つの悩みが消えました。
仕事中など、目の前の相手の中に神様を見ることを心がけていますが、以前は苦手なタイプの人に対してはそれが全くできなくて、そんな自分を情けなく感じていました。
マントラの感覚の変化とともに、苦手と感じている人の中にも愛しい神様がいることを微(かす)かにですが感じ取れるようになりました。
そして以前は逐一(ちくいち)引っかかっていたその方の言動に対して、あまり何も感じなくなりました。
特に忙しい時や体調がしんどい時などには今も反応していますが、以前よりも忍耐強く接しようと心がける気力が湧いてくるようになりました。

ヨギさんは私が自分の力を全く信頼していなかった時に、私の中にある本来の力だけを見てマントラを授けてくださったのだと思います。
真実の愛、という言葉にずっと憧れていましたが、ヨギさんのお言葉、行為、1つ1つが真実の愛を見せて下さいます。弟子の仕事はグルを見習うこと、だそうです。
もっともっとマントラを深めていって、ヨーガに励み、いつかは自分自身が真実の愛を実現したいと強く願います。

ナタラージャ(シヴァ神)

船勢洋子


失われることのない自由

9月になりましたね。
大学生はまだ夏休みかもしれませんが、小中高生は夏休みも終わって授業もスタートしていると思います。

夏の思い出。この夏、訪れた京都御所(写真上)、清滝(左下)、東山動物園横のかき氷屋さん(右下)。すべて仕事で訪れたところです。

ところで皆さんは、「あぁ、夏休み終わった……もう僕(私)の自由は無くなった……」と思ったこと、ないですか?
私はあります、特に小学生の頃は田舎の優しい祖父母の家でコーラを飲みながら野球中継を観ているのが幸せで、この自由気ままな夏休みが永遠に続けばいいのにと思っていました。
でも、現実はそうはさせてくれない……
そこで今回のブログのテーマは、「自由」についてです。


この夏、私はヴィヴェーカーナンダ著『ギャーナ・ヨーガ』を熟読していました。
もう何度読んだか分からないほど読んでいるのですが、また新しい発見があったのです💡
それが何かと言いますと、

『ギャーナ・ヨーガ』の主要なテーマの一つは、もしかして「自由」なのではないのか?

ということです。
「そんな当たり前のこと……」と思われる方もいるかもしれませんが、私は初めてそう感じました。
『ギャーナ・ヨーガ』はヴィヴェーカーナンダが西洋で行なった18講演が収録されているのですが、その題名には「自由」がいくつか使われており、何より自由が「アートマン」「神」「魂」「不二一元」「自立」と同義で説かれ、「私たちの本性は自由」であると述べられています。

「あなたはすでに自由なのです。もしあなたが自分は自由であると思うなら、あなたはこの瞬間に自由です。もしあなたが、自分は束縛されていると思うなら、あなたは束縛されるでしょう」

「もし自由があなたの本性でないのなら、どんな方法をもってしても、あなたは自由になれるはずはありません。もしあなたが自由であったが、何らかの理由でその自由を失った、とおっしゃるなら、それはもう初めから自由ではなかった、ということになります。もしあなたが自由であられたのなら、誰がそれを失わせることができましょう。自立している者を従属的にすることは決してできないのです。もしそれが本当に従属的であるなら、そのものの独立性は初めから幻想だったのです」

『ギャーナ・ヨーガ』〜魂の自由〜

かなりというか、度肝を抜かれる大胆な発言です。
私自身、とても衝撃的でした。
自由は失われたり、何かに依拠しているものではない、すでに私の中に自由はあり、私は自由だというのです……!!!

また、自分は不自由と思った時点で、束縛される。
自分は弱いと思った時点で、弱くなる。
それらの思い込みは、心の思いがつくり出した単なる「幻想」だということーー

では、夏休みが終わって学校や仕事に戻り、田舎の祖父母の家やバカンス先と同じ気持ちで「私は自由だ」と思えるのか?
また安直な宗教のように、もう我々は自由なのだから修行や努力はしなくていいと解釈して生きていくのか?
否、心がつかんでいる「こだわりや執着」を手放さないといけないのです。
私の師シュリー・マハーヨーギーは自由について、こうおっしゃっています。

「心は、何かを持っている手のように常に何かをつかんでいる。一つのものを離してもすぐまた違うものをつかんでしまうーーテニスラケットやゴルフクラブのように。所有というのは常に不自由です。自由というのは何も持っていないこと。そうすればいつでもラケットやクラブをつかめる。だからこだわりや執着をなくして所有しないということーーこれが遊びということです。空の手は自由を象徴している」

『ヨーガの福音』 シュリー・マハーヨーギー

最近、私はあるグルバイ(仲間)と電話で話していたら、今自分が考えていることとシンクロするかのように、次のことを言っていました。

「ヨーガは自由になるためにある」

ヨーガを始めると、最初は今まで自分が感じていた自由が奪われるように思うかもしれません。
厳しそうに見えるヤマ・ニヤマの戒律的教え、食事制限、苦しいアーサナ、じっと座り続ける瞑想など、私自身、「もっとご飯食べたい」「ちょっとこの戒律、厳しい」「アーサナ・瞑想、毎日するのもしんどいぞ」と思っていました。
でも、師のヨーガの教えを拠り所に続けていけば、心身は確実に軽やかになります。
まだ12年ほどですが、これは実践を続けた私が体感し確信していることです。
そして、心のこだわりや執着を手放すこと、つまり放棄の徹底ができれば幻想は消え、自由を体得できると感じてきています。

さて、私の37歳の夏休みは儚くも3日で終わり、うち2日は夏休みの課題のDIYをしていました。
しかし、夏休みの「自由研究」は続いています。
幼い頃、願っていた永遠に続く夏休みは祖父母の家ではなく、もうすでに私の中に在ることは納得しました。
あとは実験(実践)、そして証明です。

夏の思い出⚽️こちらも仕事で、京都サンガFCの試合を観戦しました(8/9)。ホームグラウンドが西京極から亀岡に移り、そこでの試合でした。とても観やすいスタジアムで、FC町田に2–1で勝利。9月4日現在、J2で1位です。空の手で拍手👏

ゴーパーラ


こうでないといけない、にとらわれず楽しく料理する!

ヨーガを始める前の私は、食べることが好き、というか空腹状態に不安を感じていました。ちょっとお腹が空くと何かを口にする習慣があり、お腹が空いている時間がほぼなかったのではないかと思います。
ヨーガを始めてアーサナ・クラスに通うようになってからは、まず食事に関するヨーガの考え方に衝撃を受けました。
アーサナの前後2時間は食事を摂らない方がよい、というのがそもそも無理で、クラスに通っていても最初の1年ほどは空腹感に耐えられず、クラス後割とすぐに食べていました。
しかしクラスに参加する度にこのままではいけないと思うようになり、次第に後ろめたさを感じるようになりました。
そしてある日のクラスの後、小1時間経ったし仕事の前に軽く食べておこうと思いおにぎりを食べたところ、急に激しい腹痛に見舞われました。もう二度とすぐに食べるのはやめよう!と決意し、同時に何を食べるべきかを意識するようになっていきました。

いざ食事と向き合うとなると、大きな問題が一つ。それは、料理に対する強い苦手意識です。いつも、作らなければという義務感が伴い、ストレスを感じていました。段取りを考えて作業をすることが難しく、特にレシピを見るのが苦手で、一度レシピを意識してしまうと一層手際良く作業することが出来なくなり、途中で料理することを投げ出したくなるほど疲れてしまうこともしばしばでした。
ヨーガの料理教室「さまらさの台所」のことを知っても、クラスに参加すること自体のハードルが高くて尻込みしていました。
それでも共にヨーガを学ぶ仲間が参加して楽しかったと言っているのを聞く度に気になるようになり、少しずつ前向きな気持ちになっていったので、勇気を出して参加するようになりました。
いざ参加してみると、予想通り失敗して迷惑をかけたと思われる状況にもなりましたが、フォローしてもらいながら楽しく調理に参加することができました。作った料理をみんなで食べるのは何より嬉しかったです。
ただ、参加する時は毎回緊張していたし、教わったレシピを家で作ることも気合を入れて臨まないとできない状態が続きました。さまらさのレシピだけがさまらさではないと聞いても、教わった通りにやらなければいけないという思いが常に頭の隅にあって、腰を重くしていたのだと思います。

近所の野川にて。春頃から繁殖期のためいなくなっていたカルガモが、久しぶりに戻ってきていました。

コロナ禍になり、「さまらさの台所」もオンライン受講する形になりました。
動画なので何度でも見ることができ、とても分かりやすく、見ているだけでも楽しくなるので、見る度に元気をもらえました。
食にまつわるお話も興味深いものばかりで、実際のクラスに参加しているのと同じように気付きや学びがあります。
ただ、いつでも動画を見て挑戦しやすくなるはず、と思っていたのに、気付けば「〜しなければ」にとらわれてしまっていました。教わってからしばらくはそのメニューを作るのですが、次第に作らなくなり「作らなければ」と気が重たくなってしまいました。加えて、コロナ禍になってこれまで以上に仕事が忙しくなっていたため、忙しいから動画を見たり作ったりする時間がないと自分で自分に言い訳をしていました。
せっかくのオンライン受講の良さを生かすどころか、このままでは以前よりも良くない状況になってしまうかもしれない…
もう何年も同じところをぐるぐるしていること自体にほとほと疲れてしまい、決心しました。とにかくやる!と。レシピ通りにやらなくていいから適当にやってみる。悟りへの大切な乗り物であるこの身体を良い状態に保つためにも、今度こそ真剣に向き合う。
そうして日々を過ごすようにすると、少しずつですが料理に対する力みがなくなって、適当にできるようになっていきました。
初めて料理と自然な形で向き合えるようになってきた気がしました。

それからしばらく経った今年6月。
「さまらさの台所」はパン作りでした。
レシピを見ると行程がいくつもあるのでこれは難しいかもと気構えていましたが、動画の中で講師のシャチーさんが楽しそうに軽やかな手付きでパン生地をこねているのを見ていたら、すぐにでもやってみたくなりました。
実際に挑戦してみると、これ以上は失敗出来ないだろうというくらい様々なトラブルが起きましたが、諦めず生地を大切に扱うことだけに集中。出来上がったパンは過発酵したこともあり、ちょっと硬くてそんなに膨らまなかったのですが、とにかく焼き上がったパンが可愛くて、嬉しくてたまらない気持ちになりました。

無事焼き上がり、夫に撮ってもらいました。緊張と集中がとけてホッとした顔をしてるなと思います…

苦戦しても最後までやり遂げられたのは、動画の力が大きかったのではないかと感じています。
シャチーさんにこねられている生地はどんどん艶やかに生き生きしてくるように見えてきて、手付きはすぐに真似出来なくてもこの感じをイメージしてやってみようと思えたのです。
2回目の挑戦の際には、動画にとらわれすぎないように自分のリズムで作るようにしました。1回目の時よりも作業自体を楽しむことができて、パンも少しふっくらしたのでほっとしました。

動画の中で、さまらさについての話がありました。始まった頃から関わられているシャチーさんのお話は興味深く、改めて「さまらさの台所」から学べることの多さや、ヨーガを実践していく上での料理の重要さを感じました。
何度も繰り返していくうちにいろいろなものにチャレンジしていけるようになること。繰り返しやることで慣れて身に付いていけるようになること。

お話の最後、「こうでないといけない、ということはない」という言葉には、本当にそうだと強く頷きました。「こうではないといけない」にとらわれたままでは、本当に大切なことを見失ったまま料理することになります。
教わったことだけが「さまらさ」ではなく、ベースはヨーガにある。大切なのは、自分のための料理ではなく、一緒に食べる人のことを考えて料理を作ること。みんなで歓ぶのが「さまらさ」。
何にもとらわれず自由に、食べる人たちのことを思い、食材を大切に作る。この上なくシンプルで、なんて素晴らしいのだろうと思います。

相変わらず仕事が大半の時間を占める日々ですが、以前よりも気楽に台所に立つようになりましたし、料理する楽しさを感じられるようになっています。手際良くとはまだまだいえないし、出来上がりをイメージしても作っても思っていたのとは違う料理になることも多々あります。それでもいちいち落ち込んだりするのがほぼなくなりました。
苦手なこと、できないことが上手くなるのは一筋縄ではいきませんが、その分伸びしろがあるはずと信じて料理を楽しんでいきたいです。

焼き上がったパン。手前が塩パン、奥がバターパンです。

ハルシャニー