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第1回「ヨーガを生きる秘訣」を開催しました!!

松山のヨーガ・サーラ・スタジオで、MYM50周年、ヨーガ・サーラ・スタジオ20周年の企画として「ヨーガを生きる秘訣」第1回を開催しました。
この講座は、今回の12月の冬から始まって、春、夏、秋と年4回の開催予定です。旬のお野菜を使ったお料理作りを通して日常の行為や心のあり方を学ぶ「ヨーガの料理」と、毎回5つのアーサナを取り上げて、そのアーサナのいわれやアーサナを作るときのポイントを丁寧に学んで実践していく「アーサナの秘義」の2つの講座で構成されています。
講師は、私たちの師ヨギさんに初期の頃から直接ヨーガを学び、ヨーギーの食事を長年作ってこられたシャーンティマイーさんです。

12月13日(土)は「アーサナの秘義」を行ない、午前クラス11名、午後クラス18名の方の参加がありました。

最初にラージャ・ヨーガにおけるアーサナの位置付け、日常生活のあり方、自らの行為に対して責任を持つこと、心と呼吸の関係など、アーサナを学んでいく上での大切なことが話されました。それはシャーンティマイーさんご自身が長年に渡って真剣に実践し体得してこられたからこそ、寛容で力強い言葉となって発せられていました。それを聞く参加者の方々も真剣に耳を傾け、聞き入っておられるようでした。その中でも、シャーンティマイーさんが紹介してくださったヨギさんのお言葉『私の教えているアーサナは肉体だけではなく、プラーナの制御まで確実に影響します。プラーナの制御がなされれば心の変化も速やかです』は、私たちに深く染み入り、励まされ希望となりました。

そして、「ブリクシャ・アーサナ」「マルジャーラ・アーサナ」「シャヴァ・アーサナ
」「ハラ・アーサナ」「パシチモーッタナ・アーサナ」の5つのアーサナについて学びました。

見本を示していただきながら、ポーズのポイントや留意点などを学んでいきます。

学んだ後は即実践です。よりアーサナが深められるよう直接ご指導いただきました。

ご参加くださった方からは
「まるで初めてしたポーズに思えるくらい新鮮な感覚がありました。身体がすみずみまで心地よかったです」
「アーサナの向き合い方が理解できた。ひとつひとつの動作の意味が根拠から分かり、大切に行なうようにしようと心に決めました」
「普段のアーサナをなんとなくやっていたことに気付かされた。意識すべきところを学べた」
「5つのポーズしかしなかったけれど、とても集中した。普段一通りするアーサナよりも集中していた。ひとつひとつを丁寧に向き合ってやっていこうと思う。体の中で熱を生じるのを感じた」
との感想がありました。講座中の皆さんの真剣なプラーナが会場全体を満たしていました。講座が終わり、一人一人の輝いた表情がとても印象的でした。

12月14日(日)は番町公民館の調理室にて「ヨーガの料理」を行ない、10名の参加がありました。
メニューは、黒豆ごはん、高野豆腐の卯の花、れんこんボールのお吸い物、大根の梅和えの4品です。

参加の皆さんも調理に加わり、和気藹々と楽しく講座は進みました。
シャーンティマイーさんの食材を大切にされる行為や観念にとらわれない自由な発想で楽しく軽やかに料理に向かわれる姿に接し、それぞれに新たな発見と喜びがありました。また、目の前のことに集中しながらも、周りへの配慮も自然にされているお姿から、ヨーガ行者のあり方を学びました。
出来上がったお料理をみんなでいただき、「ヨーガの料理」にまつわるさまざまな話題に花が咲きました。

ご参加くださった方からは
「シンプルに、ほとんど調味料を使わず、素材の味を生かしたお料理が、こんなに美味しいんだと感動しました。優しさが体に広がっていくようでした」
「素材の味がとっても生きていて、身体が喜んでいる感じのお料理でした」
「“こうあらねば”という思い込みが、いい意味でないことに驚きました。もっと気軽に毎日の料理を楽しもうと思いました」
との感想があり、「楽しかった!」「美味しかった!」「また参加したい!」と輝く笑顔で講座を後にされました。

私たちにとって学び多い2日間となりました。この学びをそれぞれが実践し、体得していくことができますように。
また、スタジオでは講座受講者を対象に「アーサナの秘義・フォロークラス」を次回の3月の講座まで、毎週土曜日に行ない、みんなで実践を続けていけたらと思っています。ぜひ、ご参加ください!

試食・交流会のお部屋のしつらえ
(松山市内の太陽市でシャーンティマイーさんに選んで生けていただいたサザンカとヘリコニア) 

アミティ


ヨーガ行者の身体

国分寺クラスは2015年10月に開講、今年で丸10年を迎えました。 

昨年4月にMYMのクラスになるまでは、私が鍼灸師として関わっている患者さんを対象としたクラスでした。 
最初の頃から通われている方の1人、70代後半のクラス参加者の方の娘さんが先日来院されました。「母は長く続いたことが1つもなかったのにヨーガは続けられているのがすごい。姿勢もいいし、以前よりも元気に過ごしてくれて安心しています」と話してくださいました。その方は自宅での実践が難しいから、と可能な限りクラスに通ってくださっているのですが、娘さんがおっしゃる通り、通い時始めた頃よりも軽やかに元気になられたと、私も感じています。 

 アーサナは毎日行うことが理想とされていますが、毎日はできなくても、クラスでしっかりとアーサナを行うことで、年齢や柔軟性に関わらず必ず良い変化が訪れます。 
新しくクラスに参加された方が、長年アーサナしている方々の姿を見て驚かれることがあります。クラス後に「どのポーズも必死で、思った以上にきつかった」と初参加の方が呟くと、「私も最初の頃はきつかったし今でもきついと感じることがあるけれど、やるとスッキリして身体に良いと思うから続けています。きっと大丈夫ですよ」とすかさずフォローしてくれる方も。その話を聞いて、初参加の方はほっとした表情で、「ひとまず続けてみます」と言ってくださいました。 
クラスに通い続けておられる皆さん、年齢や体の状態はそれぞれ異なりますが、どなたも少しずつ着実に形や呼吸を深めることができています。クラスが終わった後は皆さん素敵な笑顔で軽やかになっておられるのが、何よりの証です。皆さんのそうした姿が、新たにヨーガを始めようとする方の背中を優しく押してくれているのだと思います。 

師はヨーガを実践している人の身体のことを、こう仰っています。 

 
ヨーガ行者の身体 

 ヨーガ行者の身体というのは、どんな難しいアーサナができるとか、柔軟になったとかいうことではないのです。関係がない。ヨーガなんか何も知らないでも健康な人はいっぱいいるし、身体のもっと柔軟な人はいっぱいいる。でもその人たちはヨーガ行者かといえばそうではない。 

ヨーガ行者の身体というのは、やはりそういう面ともまた違う質を持っている。これはヨーガの実行によってしか獲得できない、変化が訪れないものです。どういう身体かといえば、十のプラーナの働きが制御され、そして静止した状態の身体に生まれ変わるということです。 

それが一般的に言えば、常に快適で健康で、しなやかで快活な状態。健康であるということは、病気や怪我などにもう脅かされることのない、強い健康な状態。しなやかであるということは、柔軟性を意味しているだけではなくて、機敏性という、運動神経といった反射能力なども含めたしなやかさが養われます。それから肌のきめ細やかな質感、艶とか若々しさみたいな、外見上の肌の状態もヨーガ行者の特徴とされています。更には芳しい香りがすると謳っている聖典もあります。 

古い言葉では、金剛身というふうに訳されることもあります。金剛というのはダイヤモンドという意味で、ダイヤモンドはあらゆる物質の中で最も硬度を保っているように、壊れない、傷つかないという意味を示しています。 

『マハーヨーギーの真理のことば 』第6章アーサナの実践 より

プラーナとは気、宇宙の全現象を支えている力のこと。私たち人の体においても、消化したり排泄をしたり、全身を調整したりと、さまざまな働きをしています。ヨーガによってプラーナの働きが調御され、ヨーガ行者の身体へと変化していく。いつしか金剛身、ダイヤモンドのように強い心身になる。 

 師の教えを読んで、改めてヨーガを行うことの素晴らしさを感じました。

 

現在国分寺クラスには、鍼灸院の患者さん以外の方も来られています。広々としたスタジオで和気藹々とした雰囲気の中、毎週木曜日10:15から開講しています。  先日の国分寺クラス。最後にヴァジュラ・アーサナ(正座の形)を行いました。ヴァジュラとは金剛のこと。正座は金剛座とも呼ばれます。


今年10月から始まった中野クラスは、天井が高く心地よい静かなスタジオで第2・4火曜日
18:45から開講中。
  中野クラスでもヴァジュラ・アーサナ。初心者の方でも行いやすい形です。

 中野クラスは来年から新たなクラスを始める予定なので、近くなりましたらこのブログでもお知らせしますね。 

ハルシャニー  

 


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑰

今回は、『パラマハンサ』No.23の表紙絵をご紹介します。
この号は、2000年11月23日に行なわれた師の御聖誕祭の内容が掲載されており、師への感謝を込めてこの絵を描きました。
ヨーガとの出会いによって、生きる意味を見出した多くの仲間がいます。それは本当の幸せに向かう道です。そして、その道を示してくださった私たちの師、ヨギさんの御聖誕日は、私たちにとって、もっとも大切で歓びに満ちた日です。
特に今年は、MYM設立50周年を迎える、始まりの御聖誕祭であり、これだけの年月を休むことなくヨーガを人々に話し続けてきてくださったヨギさんに、改めて感謝を捧げたいと思います。

MYMでは、これからの1年をかけて、ヨーガをさらに知っていただくためにいろいろな会を企画していますので、この機会にぜひ京都まで足をお運びいただけたら嬉しいです。

*   *   *

今年の御聖誕祭まであと少しです。
最後に、『パラマハンサ』No.11に掲載しました御聖誕祭に向けての言葉をご紹介します。

深い想いを秘め、ハートは師の御聖誕に震える。
アートマン ブラフマン プレーマ
常に真我に在り、不変の梵に在り、無量の愛に在る、
最愛のサットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの蓮華の足元に、
慎ましく感謝の想いを捧げます。
おお、我は知る、我が深奥の真実の自己があなたであることを。
誰が知ろうこの真実を。
どうか、この真実を覆い隠さず、知らしめてください。この永遠の祝福を。
この聖なる日は、あなたとともに私が生まれた日。
パラマハンサの妙なる風とともに在らんことを。
オーム・タット・サット、オーム!!

シャチー

 


台湾グルバイの滞在報告🇹🇼

9月23日〜10月1日の8日間、3人の台湾グルバイ(仲間)が来日していました🪷

今回は私の自宅であるシャーンティ庵に滞在し、毎日朝は瞑想し、その後はヨーガクラスの参加や日本の弟子と交流するなどして、まさにヨーガ三昧の日々でした。 彼らが日本に来たのは、先輩弟子からマハーヨーギー・ミッションの活動やワークスを学ぶという目的があり、そこには大いなる真剣さがありました。

毎朝6:15〜7:15に瞑想。忙しい滞在だったにもかかわらず、不思議と眠くならなかったそうです😲

プレーマ・アーシュラマでアートワークを学びました🖼

月曜日のアーサナクラス。3人並んでのブリッジ。

土曜日のアーサナクラス。3人並んでの逆立ち。

土曜日の朝の瞑想クラス。松山のグルバイやちょうど台湾留学生シヨさんも参加されました。

早いもので、台湾のグルバイと交流が始まって11年が経ちましたが、いつも接していて思うのがハートの「純粋さ」です。
台湾の方たちは本当に素直で明るく、心温まる純朴さがあります。
私は今回、師シュリー・マハーヨーギーがおっしゃった「品(ひん)」についての言葉を思い出しました。

「品とは純粋さ。それはお金で買えないもの」

今回来られたエミリーさんマークさん夫妻、プリヤーさんはまさに「品」がありました。
エミリーさんは何気ない気遣いをよくしてくださり、慣れない台所で美味しい手料理を振る舞ってくださいました。いつも凛としていて、芯のある品やかな女性だと感じました。
夫のマークさんは、今回の滞在で「生きる目的」が明確になりました。瞑想クラスに参加して、「どう生きていきたいのか?」という問いに瞑想した時、「ヴィヴェーカーナンダのように大きなことはできないけれど、自分を世界に捧げたい」という思いが胸の奥から湧き、その時に彼は涙を流しながらその思いを語り、その場の参加者たちは彼の純粋さに胸を打たれました。
そして11年前の留学生時代から親交のあるプリヤーさんは、通訳中によく涙を流し、人の歓びを自分の歓びとして感じる素晴らしいハートの持ち主です。日本のお笑いやアニメ好きということもあり、普段の会話もとっても面白いです。

左からマークさん、エミリーさん、プリヤーさん、シャーンティマイーさん。マハーヨーギー・アーシュラマでは連日美味しい食事をいただいたそうです🍱

台湾のグルバイとは年々、友好関係が深まっていて、本当の兄弟姉妹のように感じています。
ヨーガの語源はユジュという「繋ぐ」ですが、ヨーガを通して、そしてヨーガを教えてくださるグルを通して、私たちは繋がっています。
主クリシュナはこのようにおっしゃっています。

「私は、すべての真珠を貫く糸である」

神を通して、たくさんの真珠と出会い、繋がっていくことは歓びです。
私ももっとヨーガを深め、純粋になっていきたいと感じた台湾グルバイとの交流でした😇🙏

バクティ・サンガム後に記念撮影。皆さん、良い表情です✨

※台湾のグルバイたちが日本に来始めた時の懐かしいブログを見つけました💡
マールラーさん(当時はエセーさん)が日本に来て感じられた内容が書かれています。
翻訳はプリヤーさん(当時はルーさん)です。
よろしければ、読んでみてください💁『MYMとの出会い』

ゴーパーラ


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑯

今回ご紹介する表紙絵は『パラマハンサ』No.22のものです。

ヨーガの奥義は、古より師から弟子へと密かに伝えられてきたといいます。
師の御足下に静かに座り、真理の教えを受ける弟子。真正の師より与えられる恩寵は彼を満たし、その時間は至福そのもの。そんな姿を描いてみました。

グルとは真理そのものです。
すべての経験もまた教師でしょう。
しかしグルがいれば経験の苦労は何千倍も軽減され短縮されるでしょう。
グルは束縛ではなく自由をもたらすのです。

シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ

*パラマハンサの表紙は、毎回、絵とともに師の教えを飾らせていただいていました。

シャチー


それだけがある

静岡で、長年ヨーガを実践されている森ひとみさん。
京都のクラスやサットサンガだけでなく、東京での特別クラスにも時々参加してくれています。

ひとみさんの自宅の近くにある海

クリシュナ神が大好きで、クリシュナ神のキールタンを嬉しそうに楽しそうに満面の笑みで歌われているのを見ると、こちらまで幸せな気分になります。

 

ひとみさんがヨーガに興味を持ったのは、2001年。当時勤めていた会社で心身の不調に陥り、退職した頃でした。気持ちを安定させる方法を模索していた中で、瞑想の存在を知りました。
これなら自分の心をコントロールできるかもしれないと、近所で開催されていたヨーガ教室に参加。そこにいた先生とクラス参加者の方々が自由に生きているように見えて、ヨーガを学べば自分も自由になれるかも、と通い始めました。

そのヨーガ教室の先生はいつも「自分の心の赴くままに生きていれば、何も問題はない」と言っていましたが、ある時、本当にそれが自由に生きるということなのか疑問を持ちました。その答えを知りたくて、『あるヨギの自叙伝』や『秘められたインド』を読み、真実を実現した存在、グルのことを初めて知りました。
「私もグルに会いたい!」
どうすればグルに会えるのか?インドに行けばいいのか?
調べるうちにMYMのHPに辿り着き、この日本でグルに会うことができると知ってとても嬉しくなったそうです。

そして2007年9月、ひとみさんは初めて師にお会いしました。
サットサンガでは真剣な質疑応答が繰り広げられ、時に笑いが起こり、会場は終始熱気に包まれていました。皆、師を一心に見つめていて、まるで師という花に蜜蜂がむらがっているように見えました。それはこれまで感じたことのない甘美な光景でした。
そのサットサンガの中で、いつも不安感があることについて師に質問しました。

師は「ヨーガを行うと無恐怖(むくふ)になります」と答えられました。初めて聞く言葉でしたが、ひとみさんはこの上なく安心しました。
「ヨギさん(師)のことをグルだと思っていいですか?」
「はい、いいですよ」
そう答えられた師の目元に涙がにじんでいて、そのお姿を見て、ずっと探していたグルにやっと会えたという気持ちになり、胸がいっぱいになりました。

その後はサットサンガに参加する度に背負っていた荷物を下ろしていくことができましたが、未来に対する漠然とした不安と死に対する恐怖は、なかなか消えませんでした。

「それだけがある」
ひとみさんが一番大切にしている教えです。
「それ」とは、神のこと。 

「すべては神である」ということをはっきりと感じているのに、不安や恐怖がこびりついているような感覚があり、その不安や恐怖がどこから来たのか、瞑想で辿っていったことがありました。 
瞑想の中で、その大元には「純粋な意識」と「私という意識」が存在していると感じました。

それからしばらくして、この私という存在がどこから来て、どうやって成り立っているのか、それを辿っていくように瞑想した時に、大好きなクリシュナが自分の命そのものであることと、生も死もクリシュナと共にあるのだということを実感。とてつもなく安心し、それからは死への恐怖が少しずつ薄らいでいきました。

 

ひとみさんは師が描かれた絵の一つ、『アーディーナート』を観ていると、「それだけがある」という教えそのものだと感じるそうです。

『アーディーナート』とクリシュナ神

絵の中の黒い神は師であり、クリシュナでもある。白いのは私という意識。

神の光は圧倒的。自分が囚われていることは取るに足らないこと。

神はあまりにも眩しいから、それに照らされたら光で真っ白になる。

「それだけがある」、絵に描かれている状態になりたい!

そう語るひとみさんからは熱い想いが溢れていて、私の中にも流れ込んでくるようでした。

ひとみさんの純粋な想いをもってすれば、必ずその境地に至れるはず。お話を伺ってそう思いました。

 

ハルシャニー  

 


東京イベント報告 ヨーガに触れる2days

8月2、3日に、東京・中野で、特別クラス「ヨーガに触れる2days」を開催しました。 
京都在住で大阪・西宮北口クラスを長年担当されているシャチーさんを講師にお迎えして、2種類のクラスをしていただきました。 day1は、「呼吸を知る・体と向き合う・心を静める アーサナ・瞑想」のクラス。初めての人にも分かりやすいように、MYMのクラスで行なっているアーサナ(ポーズ)について大切なポイントを聞いた後にアーサナする流れで行なっていきました。 
      アーサナ後の静まった雰囲気の中、しっかり集中されているように感じました。

この日初めてクラスに参加された方に感想を伺うと、楽しかった、気持ち良かった、と笑顔で答えてくれました。  私も参加者の1人としてアーサナしましたが、長年実践している人にとっては、1つ1つの動きを今一度確認し、丁寧に形を作り、吐ききる呼吸を意識して行なうことで、より集中感を高めて瞑想しやすい心身に調えることができたと思います。 

day2は、「カルマ・ヨーガに倣う 働きの秘訣」を学ぶ講座。 
現在、東京で毎月開催している瞑想会ではヴィヴェーカーナンダの『カルマ・ヨーガ』をテキストにして進めていることもあり、カルマ・ヨーガを分かりやすく教えていただきたく、シャチーさんにリクエストして実現しました。 
 
カルマとは、原因とその結果。この世界に対して行なった行為は、必ず自分に帰ってくる。
例えば愚痴を言うとスッキリするように感じるかもしれないけれど、かえって心に愚痴の印象が刻まれて苦しくなる。言葉として外に出さないようにすることで、次第に思いはなくなり、心は真の穏やかさを感じるようになる。
目の前に困っている人がいたら助ける。これは他者を助けているようで実のところ私たち自身を助けていることになる。
日常生活のあらゆる場面で「私がしている」という思いを手放していくことで、目の前の人だけを見てその人が喜ぶことができるようになる。いつもの行為がヨーガとなり、喜びをもって他者に奉仕する、というカルマ・ヨーガの理想に近付いていく。

カルマ・ヨーガという言葉を初めて聞く方もおられましたが、シャチーさんご自身の体験談を元に親しみやすく話してくださったので、皆さん時折笑いながら熱心に聴き入っていました。 
シャチーさんが描かれた細密画。講座の中で描くきっかけになったエピソードも紹介してくれました。

 
初めて参加された方からの感想です。 
・今日のお話は目から鱗で、どれから実践してみようか、楽しみながらトライしてみようかと思っています。 
・講座の中で耳にした「軽やかに生きる」、良い言葉だと思いました。そうなれるように生きていきたいと思います。 
・これまでアーサナをしたり、クラスで聞いたことを実践をしてみて、特に介護をする上でヨーガの効果を感じてはいたけれど、今回のお話を聴いて、自分が感じていたことが一つに繋がったような感じがしました。これからは今日のお話を思い返し、進んでいきたいと思います。 

講座が終わった後、細密画をシャチーさんの解説付きで改めて鑑賞。

特別クラスから1週間ほど経った頃、改めてお2人の方にその後の様子を伺ってみました。 

day1に参加されたIさんは、その日から毎日アーサナを続けるようになったそうです。 これまで毎日やった方がいいと思いつつできずじまいだったけれど、仕事の疲れや悩みを解消して自分を変えるためにも、今度こそ続けていきたいと思いを強くされたようでした。

day2に参加されたMさんは、何かとぶつかりがちだった家族の話を、相槌を打ちながら聞くようにしているとのこと。それは、シャチーさんが語られた、師が目の前の人に常に穏やかに優しく接して、頷きながら真剣に話を聞いていた、というエピソードが印象に残ったからだそうです。

2日間の特別クラスがヨーガの本質に触れる良い機会になったようで、嬉しいです。 

大阪でシャチーさんのクラスを受講していた方も参加してくれました!

ハルシャニー  

 


夏休みブログ🍉🎐〜円空や鬼、ブッダのことばについて〜

残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続きますね☀️
今回は夏休みシーズンということで、ちょっとラフでフリーな感じでブログを書いてみました🏖️🏄
少し長くなったのですが、お付き合いいただけたらと思います🙏

1年半ほど前になりますが、あべのハルカスで開催されていた円空展に行ってきました。
円空は生涯で民衆のために12万体の仏像を彫ったと伝えられている修行僧です。

飛騨千光寺に伝わる金剛力士像。まるで木からそのまま仏が現れたかのような姿です。寺の境内の立ち枯れた木から直にこの像を彫ったとか。

円空の特徴は大胆な荒彫りーー私は初めてその彫りをネットで目にした時、衝撃を受け、私の心にも深い印象を刻み込みました。
そこからというもの、円空に魅了された私は、その仏像が安置されている滋賀や岐阜のお寺に足を運びました。
その時のブログはこちら💁「ブラゴパーラvol.8」

この円空展では、たくさんの作品(円空仏)が展示されていました。
素朴な微笑みを浮かべる数々の円空仏を見ていると、円空が民衆のために12万体の仏像を彫ったという事実が心の中に浸透していきました。
円空のその偉大な行跡はもちろん知ってはいたのですが、実際に円空仏を見ていると、自然と頭が下がる思いになったのです。
ブログを1000書いたとしても円空には遠く及ばないし、アーサナを毎日12ポーズ×12年間やり続けても50000ポーズほどです。
数がいちばん大事ということではないですが、円空仏と対面することで、彼の行動がどれだけ驚異的なことであったのか、また神狂いであったのかと心の奥から感じ、謙虚な気持ちになりました。

そして円空展の目玉は「両面宿儺(りょうめんすくな)」でした。
『呪術廻戦』という人気漫画に登場し、有名になった鬼神です。


歴史上で両面宿儺は朝廷に叛逆した飛騨の豪族だと言われ、異形の鬼の姿で伝えられていますが、地元では武勇に優れた英雄的な人物だったそうです。
その両面宿儺の像を円空が飛騨高山の千光寺に滞在中に製作したようです。

ちょっと話は逸れますが最近、仕事で映画『鬼滅の刃』を観る機会があったのですが、鬼にもいろんな鬼がいて、それがきっかけで「鬼って何なのかな?」って考えることがありました。
それは王権側から見たら叛逆者であり、また人間の心が生み出す嫉妬や怒り、欲望、死への恐怖etcが鬼となって現れているのかな思ったのと、不平不満や嘘、暴言を口にすれば、鬼のように顔が赤くなりツノが生え、その場は修羅・地獄と化します👹
かのブッダは、「人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割く」と言って言葉の慎重さを説いていますし、また「時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむ」とおっしゃっています。
以下が、ブッダが私たちを苦しみから脱するように鼓舞した言葉になります。

起(た)てよ、座れ。眠って汝らになんの益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。
起(た)てよ、座れ。平安を得るために、ひたすらに修行せよ。汝らが怠惰でありその〔死王の〕力に服したことを死王が知って、汝らを迷わしめることなかれ。
神々も人間も、ものを欲しがり、執着にとらわれている。この執着を超えよ。わずかの時をも空しく過すことなかれ。時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむからである。
怠りは塵垢である。怠りに従って塵垢がつもる。つとめはげむことによって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。

『ブッダのことば』 第二 小なる章 10、精励

とても力強い言葉です。怠惰になって地獄に落ちないように、瞑想の修行を怠らずに努め励むこと、それが心を平安にするためにすごく大事なことだと分かります。

あと、もし心が波立ったり荒れているな、怠惰になっているなと思ったら、円空仏などの仏像や聖なるシンボルを目にすることも大事なことだと感じています👀
目を通して、心は落ち着き、清涼になると思います👹⇨😊🏝️

ゴーパーラ


上映会と弟子のサットサンガ

7月13日はリーラー・ヨーガ・スタジオでの初めての上映会と弟子のサットサンガ(真理の集い)が開催されました。外は厳しい暑さでしたが、スタジオの中に入るとひんやりと澄んだような空気に包まれ、火照った身体が癒されます。たくさんの弟子が新しいスタジオに集い、まずは2019年5月に行なわれた松山でのサットサンガの上映から始まりました。

映像が始まるとみんなの集中は画面へと注がれます。その集中感に包まれ、スタジオと画面の映像が一つになるような感覚になっていき、画面に映された松山のスタジオの中に自分もいるような不思議な感覚になりました。師が着座され、会場の人たち一人一人に笑顔を向け優しい眼差しを注がれているのを見るだけで胸がいっぱいになりました。

松山でのサットサンガでは実践に基づく問答が活発に行なわれていました。終わってから松山の兄弟弟子に話を聞くと、この時のサットサンガの数年前から兄弟子が京都から松山へ通い種を蒔かれていたこと、師が2016年から毎年松山を訪れサットサンガを開催されていたことを聞きました。それまでの流れがあり、師の教えに対する真摯な歩みが参加者の方々の質問に現れていたように思います。身振り手振りを加えながら質問にお答えする師のお姿がとても印象的でした。

識別を行なう際には、正しい物差しをもってこなければならない。自分の心の中だけでやってしまっては、その肝心の物差し自体が伸縮自在になって融通が利きすぎて、心の思いに引っ張られていってしまいますから、そこでは絶対性をもった尺度、物差しを必要とします。それが聖典を学ぶとか真理を学ぶとかいうことになるわけです」

「真理は学ばなければならないです。本当に一番大事なのは真実、真理を知ることなのですけれど、どういうわけか、これはどこにいっても教えてくれないのです、学校でも職場でも、あるいは社会においても。だからこそ探し求めて、この真理を見つけ出す。そうすることによって、心は楽に自立という状態をつくることができます。ヨーガはその真理を教えながら、さらには体や呼吸をそれにふさわしいようにつくり変えていくことができる」

シュリー・マハーヨーギー

私も今まで生きてきた中で、変わることのない確かなもの、真理、真実を教えてくれたのは師を除いて誰もいませんでした。たった一つの真実を教え、それに至るまでの道を示し、悩みや迷い、苦しみの全てを受け止め、解決するための答えを与え、導き続けてくださった師は、正に現代に顕れたブッダだったのだと改めて思いました。正しい物差しを与え、それに沿わせて思いと行為を正していくように教え励ましてくださる師のお姿は、映像を通して初めて師のお姿を見た方にも言葉を超えた存在としてしっかりと伝わっていたようです。

上映が終わったあとに紹介された、当時参加していた方の現在のお話には「ヨギさんからいただく教えは、心に刻まれ日常に浸透していくことを深く実感しました」「もう迷うことなくヨーガの本当の目的に向かって進んでいきます」といった力強い言葉がありました。

後半はパラマハンサ会員向けの弟子のサットサンガが行なわれ、活動報告や今後のミッションの展開についての話がありました。

いよいよ今年の師の御聖誕日からマハーヨーギー・ミッション50周年yearが始まります。新しいスタジオができ、大きく広がっていきそうな勢いのまま、50周年を素晴らしいものにできますよう私も精進していきたいと思います。

アーリヤー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑮

 

今回は、『Paramahamsa』No.21の表紙絵を紹介させていただきます。

今度はどんなヨギさんを描こうかと考えていた時、雨が降る美しい海が浮かびました。
ヨギさんがお好きだったカングラの細密画には、川や池に咲く蓮がよく描かれていますが、水の流れの描写が本当に美しいなあといつも思っていました。
また、ヨーギーの祖であるシヴァ神は、暴風雨の神として知られています。シヴァの恵みである雨が降る夜の海に浮かぶヨーギー、そんなイメージを持ちつつ描いたのがこの絵です。

この絵は、ヨギさんも気に入ってくださっていたのか、何かしらのデザインをする際にデザイン案として起用されることがあり、それが形として表に出たのが『ヨーガの福音』の表紙です。

『ヨーガの福音』と『プラナヴァ・サーラ』は、ヨギさんがニューヨークに行かれるようになった初期の頃の貴重な教えがまとめられたものですが、編集からデザイン、すべてをヨギさんが監修し、ご尽力くださって出来上がったものです。


*左から)1999年5月30日初版第1刷発行、2001年3月発行、2003年2月発行、2017年4月発行

最初は、家のプリンターを使って1枚ずつ印刷してまとめ、製本屋さんに仕上げていただいていました。初代の『ヨーガの福音』はサイズも大きかったのですが、増刷する際に、持ち運びしていつでも読めるようにと小さいサイズに変更しました。そして、完売したらまた制作するといった流れで出版していたため、表紙もその都度考えて作っていったのです。
No.21の表紙絵が飾られた『ヨーガの福音』は数量限定だったため、このデザインの本を持っている人は少ないと思います。ちょうどミラバイが持っていたので、お借りして撮影しました。

最後に、ヨギさんがシヴァ神についてお話しされた内容を、過去のブログでご紹介しています。
「シヴァと三日月」
とても興味深い内容なので、ぜひもう一度読んでみてください。

シャチー