その他」カテゴリーアーカイブ

フォカッチャの会

先日、京都と松山の数名でオンラインでの勉強会をしました。私は松山に住んでいますが、京都へ通うことができていた時には、毎月先輩グルバイが住む庵に滞在させていただいていました。その時に過ごした時間のように、気軽にヨーガの疑問を聞いたり、皆で師に思いを寄せて語り合ったりできるような交流を、ということで、先輩方が実現してくださったのです。私たちはこの勉強会を「フォカッチャの会」と呼んでいます。なぜこのようなネーミングなのかは後ほど触れるとして、まずはその様子をご報告したいと思います!

日ごろ感じていた些細な疑問を先輩にたくさんお聞きしたのですが、中でも強く印象に残っているものがあります。質問したのは、<日常生活で何を大切にしているか>ということです。
私は食材などの買い物をする時に、同じものを買えるならできるだけ安く買いたいという思いを持っていました。少し遠いお店へ行けば安く買えるけれど、時間がなくて近いお店で高く買った場合、「時間がかかっても睡眠時間を減らせば遠くのお店へ行けたのに、ベストを尽くしていないのではないか」といったことを考えてしまっていました。
ベストを尽くすことは大切だけれど、この場合<安く買うこと>に執らわれているようにも感じていて、先輩たちは普段どのようなことを大切にして日常生活を送っているのかを尋ねました。

この質問に対して先輩は、八正道 の中の『正命』について話してくださいました。以前先輩は師に、「正命とは生活を整えることですか?」と質問されたそうです。師は力強い口調で、
「正命とは生活を整えるとか、そんなこと小さなことではない。どう生きるかということだ 」
と教えてくださったそうです。そのお話を聞いて私は、「ヨーガを中心に生きたい」と思いました。今の私にはアーサナ、瞑想、聖典の学習が必須です。その時間を確保し、かつ疲れて集中できないといった事態は避けたい。ではそのためにはどうすることがベストなのかと考えれば、答えは自然と出てきます。
(※ここで言う『どう生きるか』ということは理想と同義です。私は咄嗟に『ヨーガを中心に生きたい』と感じたためそのままお伝えしましたが、もっと考えれば、理想を掲げ、それを実現するためにはどう生活するのか、と落とし込んでいくことになると思います。)

加えて、思いを残さないということも教えてくださいました。こう、と決めて行動したなら、思いを残さない。例えば、日々の料理は大切だと教えられていますが、「今日は時間が限られているから、料理は簡単なもので済ませよう」という日があってもいい。もしそう決めたら、それ以上料理のことについては思わない。当たり前のようですが、ベストを尽くせているのか?と悶々と考えていた私にとってはとてもクリアな答えでした 。

実は、この勉強会は二日間にわたって行われました。このようなやり取りに加えて、一日目の夜にフォカッチャ(イタリア発祥の平たいパン)の生地を仕込み、二日目の朝には瞑想会をした後、仕込んでいた生地を焼いて朝食を共にするという何とも贅沢なプログラムだったのです!!ここでフォカッチャの登場です!最近、師が好んで召し上がられているフォカッチャのレシピを、一緒にお住まいのシャーンティマイーさんが先輩に伝授され、それをさらに私たちが教えていただいたのでした。このフォカッチャは簡単に作ることができるのに、とっても美味しいんです。何より、師を思いながら同じものをいただき、味わえる歓びを毎日感じることができます。


そのフォカッチャのレシピをブログにも掲載させていただけるということで、ご紹介いたします!

<材料>
(A)強力粉 200~240g
(A)ドライイースト 小さじ1
(A)砂糖 小さじ1
(A)塩 小さじ1/4
(A)ぬるま湯(40度くらい) 200ml
(A)オリーヴオイル 大さじ1
オリーヴの実・乾燥バジル 適量
岩塩 少々

1.(A)を大きめのタッパーに入れて混ぜ、ひとかたまりにして冷蔵庫で一晩寝かす
2.翌朝タッパーを冷蔵庫から出し、常温で30分~1時間ほど放置
3.バットのようなものにクッキングシートを敷き、生地を平らに広げる
4.種を除いてスライスしたオリーヴを表面に押し込み、乾燥バジルとオリーヴオイル(分量外)、岩塩を全体に馴染ませ、フォークで生地を何か所か刺す
5.オーブンまたは魚焼きグリルで加熱
 加熱の目安…オーブンなら220度で予熱後、15分程度焼く。魚焼きグリルなら始めはアルミホイルをかぶせるなどした後、焼き色がつくまで焼く。
※ご家庭の調理器具によって分量や加熱方法などは微調整していただければと思います。
6.食べる前に好みでオリーヴオイルをかける

二日間の交流を終えた後は、まるで京都から帰ってきた時のようなすがすがしい気持ちで一日を過ごすことができました。シッディ(ヨーガの修練の副産物として現れる超自然力)を使って同時に二か所に姿を現した聖者がいましたが、私たちはオンラインという現代のテクノロジーを利用して、離れていても空間を超えることができます。 そして、グルバイとの交流によって前に進む力を与えていただいているということ、それは何にも代えがたいほど力強いということを、あらためて実感しました。
このような機会を与えてくださった先輩方、そしてすべてを導いてくださっている師への感謝を胸に、今日も理想を見つめて生活しています。

3月に入って行なわれた第3回目のフォカッチャの会。この日は東京のグルバイの方も参加されました! (写真のフォカッチャはオーリブの実がなかったので、ブルーチーズと粉チーズで代用しています)

大森みさと


シヴァと三日月🌙

ヨーガの第一修行者であり、グル(師)であり、守護神であられるシヴァーー
シヴァはヨーギー(ヨーガ行者)にとって憧れの存在です。


大学生の頃、インドを旅行していた時からシヴァを目にしていて、「シヴァ、カッコいいな〜!」と思っていました。
でも意外と知らないことも多く、

「シヴァの頭に付いている三日月は何なのか?」

とグルバイ(ヨーガの仲間)とオンラインで話している中で話題に上がり、「うーん…」となり、調べることに。
ネットや書籍で調べるのはどうかと思い、いちばん信頼のおける師シュリー・マハーヨーギーのシヴァと三日月について説かれた教えを兄弟子から教えていただきましたので、以下たっぷりとご紹介させていただきます!

「三日月そのものはーーナンディーという牛がいるでしょう、ナンディーのシンボルなの。ナンディーは牛で、シヴァの本当に親しい仲間ですけれど、やっぱりアジア――インド、日本もそうだけれども、農耕民族に牛というのは欠かせないものですし、その欠かせない牛を使って農業、作物を恵みとしていただいてきたわけです。そこに必要なのは雨ですよね、雨。あまりに降り過ぎるとそれこそ山崩れになるから、度が過ぎるとだめだけれども、やっぱり水が不可欠です。その水というのは、もちろん天から降りてくるわけだし、シヴァは暴風雨の神として――前身はルドラーという神であったということも言われているしーーそういう土着的なシンボルとして神格化されているのがこのルドラーでありシヴァであり、またナンディーもそういうふうにして神格化されている。だからシヴァが三日月を戴いているというのは、やっぱりそこにその重要性を象徴しているんじゃないかと思います。
もちろんアムリタとも関係をしていて、アムリタというのは直訳すれば不死ということです。これが霊的な甘露という味わいを指すことにもなっていくのですけれども、この自然界を見てみれば、朝に草木に夜露がくっ付いているのが見られますよね。あれは天から降りてきたアムリタというふうに理解されるわけです。夜の間に、月の時間の中においてアムリタが滴り落ちている。だからシヴァも、月というナンディーを象徴する三日月というのは、夜の象徴なんです」

ーーシュリー・マハーヨーギー

なんとシヴァの三日月は傍にいるナンディー(牛)の象徴であり、それは農業や雨、夜露(アムリタ)と密接に関係していることを意味していたのですね!

ではなぜ、形が半月や満月ではなく、三日月なのでしょうか?
その意味も師はお答えになっていました。

「シヴァの三日月は月を表していますけれどもーー月も本来は丸なんですけれどもね、三日月で表されていることの意味は、月の満ち欠けという活動性。よくインドの代表的な三神を創造、維持、破壊というふうに呼ばれることがあります。ヴィシュヌは維持を司り、シヴァが破壊を司る。破壊は破壊で終わるわけではなく、そこには再生という意味がもたされていますから、ここでも命のダイナミックな活動性が見えています。月もそのように、同じように理解できると思います。だから、シヴァの三日月は自然界における変化のあるダイナミックな活動性、そして死と再生、そういうものも象徴的に描かれている。それが三日月という形になっているということです」

ーーシュリー・マハーヨーギー

三日月の形は、月の満ち欠けという活動性を表していて、それは死と再生のシヴァのダイナミックな性質を象徴しているということーー
なるほど、謎が解けました!

この他にも師は、毎年作っているマハーヨーギー・ミッションのカレンダーに満月と新月の印があることーー月の暦の太陰暦にも言及されていました。

「最近は、なかなか夜空を見上げるという機会はめっきり減りましたよね。だから、今夜の月の形がどんなのかというのは知らないままに、一年一年が過ぎ去っていっているような気がします。でも自然界の働きというのは、太陽より、むしろ月の満ち欠けによって運行している。例えば、潮の満ち引きであるとか、作物の成長であるとか、あるいは四季折々の自然の命であるとか。そういうものを少し思い起こすことができたらということと、現代私たちが使っているカレンダーというのは太陽暦ですけれども、その昔は太陰暦といって、月の満ち欠けによる暦、カレンダーを使っていたそうで、いまだにアジアの地域ではそういうものも併用して使っていることが多いです。太陽と同じぐらいに月の神秘性というか、その存在というものも時には思い出して、美しい月を眺めることができたらといったヒントにもなればと思いまして、満月と新月を入れているんです。
ヨーガをやっていれば、シヴァ神の髪のところ、あるいは額に三日月が描かれているのをよく見つけていると思うのですけれど、あれはシヴァという神格がこの自然というものに深くかかわっている――月というのはシャクティ(根元力・女神)ですよね――それと一体になっているという象徴が込められています」

ーーシュリー・マハーヨーギー

月の満ち欠けが潮の満ち引きなどの自然界の働きに影響しているということは知ってはいたのですが、こうやってしっかりと教えていただくと納得というか、月はシャクティー(自然・女神)の象徴でもあるということで、もう唸るしかできないシュリー・マハーヨーギーのシヴァと月についての教えです。
これら師の象徴を読み解く深遠な力に、私自身はシヴァの如き瞑想力を感じずにはいられませんでした。

リシケーシュのシヴァ像

ちょっと余談になりますが、私は約4カ月前から職場のある嵐山に引っ越しました。
昨年までの6年間くらいは北野天満宮近くにあった自宅から嵐山まで、テレビでよく映る渡月橋を渡って自転車通勤していました。
嵐山は洪水や河川の氾濫が数年前にあるなど、水害も多い地域です。
嵐山近くのだいたい車折神社辺りになると急に雨が降ってきたり、スコールのような凄まじい大雨と雷に襲われたこともあり、山と川が隣接している地形から雲が発生しやすく、大雨や嵐に見舞われることが多い場所なのかなと感じていました。
ただその反面、嵐山は本当に自然豊かな表情を見せてくれる景勝地でもあります。
桜や紅葉はもちろんのこと、新緑もきれいですし、秋の夕暮れも美しい。
渡月橋に奇跡のような虹のアーチがかかっていたこともありました。
大雨の後は川の流れる音が「オーム」に聞こえるほどダイナミックな流れになり、心が一瞬にしてその轟音に奪われる体験もありました。
そして夜は、「渡月橋」という名が示すように、橋から見える月が本当にきれいなのです。

嵐山を南に下がった松尾大社のすぐそばには、古くから月の神様を祀る月読神社というものもありますし、遥か昔からここに住んでいた人たちは月への感謝の念を感じていたのだろうと想起させます。
月、雨、雷、川、山という自然のダイナミックな運行が凝縮されている嵐山ーー日本でシヴァを感じられるスポットなのでは👀、と私は思います!

 

過去のブログにはシヴァのことを紹介しているブログがいくつかあります。
久しぶりに読むと、とても面白かったです!!
皆さまもぜひ読み返してみてください。

「シヴァ神」
「神と魂を結ぶ愛の歌ーーキールタン」
「不滅なる主ーーキールタンの味わい」
「ブラヨーヘイ」vol.7 北野天満宮編

リシケーシュのシヴァとガンジス河

 

ゴーパーラ


『あるヨギの自叙伝』を読んで(8)ーーマハートマー・ガンディー

マハートマー・ガンディー
イギリス植民地支配からの独立を非暴力運動で勝ち取り、「インド独立の父」と称される彼の名を、誰もが一度は聞いたことがあると思います。

「剣を取るものは剣で滅びる」ーーこの聖書の格言が『あるヨギの自叙伝』のガンディーの章で引用されていますが、ガンディーは武器を取らず、掴んだのはインドの聖賢たちが太古より発見し培ってきた「偉大な叡智」非暴力でした。
ガンディーが生きた2度の世界大戦のあった激動の20世紀インドにおいて、イギリスの圧政・暴力は想像を越える厳しさだったと思います。
その過酷な状況下において、非暴力を実行に移すことは容易でなかったにもかかわらず、なぜガンディーはそれを貫き通せたのでしょうか?

今回『あるヨギの自叙伝』を読み返すと、ガンディーの揺るぎない非暴力の信念・信仰の根底には「ヨーガの教えと日々の実践」があったことがはっきりと分かりました。
『あるヨギの自叙伝』には、1935年にガンディーとその信奉者の住むアーシュラマにヨーガーナンダが数日間滞在したことが記されています。
そこではガンディーがヨーガを実践していたとは明記されていませんが、ガンディーの熱心な信奉者たちが立てたサティヤグラハ(真理を順法する)の11の誓いが紹介されており、それを読むと最初の5つがヨーガの基礎を成すヤマ(禁戒)そのものであることは明らかです。

「暴力を用いぬこと、真理に従うこと、盗みをせぬこと、禁欲を守ること、何物も所有せぬこと、労働をいとわぬこと、嗜好品をつつしむこと、何物をも恐れぬこと、いかなる宗教をも平等に尊敬すること、スワデーシ(自家製品または国産品)を用いること、非賎民を解放することーーこれら11か条の誓いを、謙譲の精神をもって守ること」

ヤマの教えを基本に、残りの6つの条項が加えられ、ガンディーとその信奉者たちが日々この教えを実践しているのでした。
アーシュラマでのガンディーの暮らしは至極シンプルです。
常に下帯一枚しか身に付けていない衣服、味覚と密接に関わっている性エネルギーの禁欲を実行に移すために嗜好品を排した菜食の食生活、また宿泊したヨーガーナンダの部屋は最小限度の手作りのロープ製のベッドが一つ置いてあるだけーーしかし、窓の外からは保護している牛の鳴き声や鳥のさえずりという牧歌的な豊かな自然の響きが調べを奏でていたことが記されています。
ヨーガーナンダ自身、「至るところに現れているガンジーの徹底した質素と自己犠牲の精神に心を打たれた」と述べているほどです。

「もし真の政治家になりたいのならガンディーを見よ」

現代の日本の老獪な政治家に対して私はそう言いたい。
国民に自粛を要請している中での高級クラブ訪問やステーキ会食、また女性蔑視発言などガンディーには無縁であります。

ガンディー(右)とヨーガーナンダ(左)。

余談はさておき、ガンジーはヨーガの実践によって自らを律し、真実という愛をインドの民衆、とりわけパリヤ(不可触民)に分け与え、カースト差別撤廃と宗教間の壁も取り払い、インド国民のみならずすべての人を平等に見ていました。
そんな母国とすべての人を愛したガンディーですが、その彼に多大なる影響を与えたのが真正のヨーギーであったスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(1863-1902)です。
ヴィヴェーカーナンダはインド放浪中、イギリスの支配により自信を喪失し怠惰に陥っていた民衆とその貧困の惨状に胸が張り裂け、インドに必要なのは「宗教でなくパンだ」と言い、西洋の物質科学を自国に持ち帰るべく海を渡り、西洋世界にはインドが古来より培ってきた真実の叡智を与え、インドのみならず世界をヨーガによって救おうと行動し、人類への奉仕に身を捧げました。
さらに、すべての宗教の平等ーー「それに至る道はさまざまだが、真実は一つ」という宣言を大胆にもキリスト教優位の西洋世界で臆することなく高らかに叫びました。
ガンディーはヴィヴェーカーナンダのすべての著作を読んだ後、「私の祖国に対する愛が何千倍も深くなった」と語っているほどヴィヴェーカーナンダから大きなインスパイアを受けています。

そしてこのインドの英雄ヴィヴェーカーナンダを生み出したのが、とりもなおさず彼の最愛の師シュリー・ラーマクリシュナでありました。
ヴィヴェーカーナンダは師を「ブラーミンの中のブラーミン」と讃え、自らが最上カーストのブラーミンであるという奢りを拭い去るために、夜中にこっそりとパリヤの家に忍び込み、自らの長い髪でトイレ掃除をしていたシュリー・ラーマクリシュナのその謙虚な生き様を「真似したい」「私のヒーロー」とまで言っています。

「もし神を実現したいのなら、謙虚な掃除人であれ!」

この言葉は政治家ではなく、自らに言いたい。
シュリー・ラーマクリシュナのこのトイレ掃除の驚愕のエピソードは、謙りの極みだと痛感します。
そしてまたガンディーのサティヤグラヒスの誓いが「すべて謙譲の精神でもって守ること」と記されているように、何を行なうにも謙虚さが最も大切であると教えてくれます。
『あるヨギの自叙伝』には、ガンディーは毎朝4時に起床し、神に祈りを捧げていたことが記されています。
以下、ガンディーの祈りと謙譲についての言葉です。

「祈りはわれわれに、もし神の支えがなかったらわれわれは全く無力である、ということを思い出させてくれる。どんなに努力しても、もし祈りを怠ったら、もし自分の背後にある神の恵みなしにはどんな努力も役に立たぬという明確な認識を忘れたら、その努力は完全とは言えない。祈りは謙譲への呼びかけであり、また、自己純化や内的探求の呼びかけである」

インド独立は、真理・神への不屈の信仰と謙譲の精神の持ち主であったガンディーの大いなるリーダーシップにより成し遂げられました。
そのガンディーの偉大な思想・働きは日々のヨーガの実践とヴィヴェーカーナンダの強力なインスパイアリング、そしてヴィヴェーカーナンダを育てたシュリー・ラーマクリシュナの存在によって生み出されたと言っても過言ではないと思います。
マハートマー・ガンディーの「マハートマー」とは「偉大な魂」という称号で、民衆が進んで彼に捧げたものであるそうです。
ガンディーという偉大な魂は、ヴィヴェーカーナンダとシュリー・ラーマクリシュナから受け継いだ魂であったのだと私は感じます!!!

最後に一言、ガンディーがヨーガを実践していたことは『あるヨギの自叙伝』を読んで再確認しましたが、私がそのことを初めて知ったのは、わが師シュリー・マハーヨーギーからであります。
またヨーガーナンダが1952年にロスアンゼルスでインド大使ビナイ・セン氏のために開いた晩餐会で演説した後にマハー・サマーディに入ったのは、「インド独立を見届けたから」という大変深い意味があってのことで、そのことも師から教えていただきました。

1998年10月のマハーヨーギー・ミッションのカレンダー。

※マハートマー・ガンディー
(1869年10月2日ー1948年1月30日)
イギリスで教育を受け弁護士となって赴任した南アフリカで、彼は人種差別を受ける。傷心の彼が故国で発見したものは聖賢の偉大な叡智だった。彼はそれまでの西洋思考や価値観、生活態度の全てを改め、ヨーガを実践する。その頃インドではイギリスからの独立運動が高まり、人々は彼をリーダーに推し上げた。彼が提唱したサティヤ・グラハ(真実と愛、あるいは非暴力から生まれる力)、スワデーシ(自力生産)、塩の行進等は民衆の心を動かしめ、遂にはインドを独立へと導いた。

ゴーパーラ


『あるヨギの自叙伝』を読んで(7)ーーヴィヴェーカーナンダのシッディ

突然ですが、皆さんは「シッディ」という言葉を聞いたことがありますか?
シッディとは、ヨーガ修練の副産物として現れる成果で、「超自然力」のことです。
四章から成る『ヨーガ・スートラ』の第三章にはシッディの章が設けられ、ヨーギーたちが発見・感得してきたシッディの数々が記されています。
しかし、『ヨーガ・スートラ』の冒頭の文句にあるように、ヨーガの真の目的は「心の作用を止滅させ、本来の自己(神)に留まること」です。
『あるヨギの自叙伝』では「シッディとは、神の探求の途上に咲く路傍の花にすぎない」と述べていて、このシッディの超自然力を得て傲慢になり、過ちを犯した修行者のことにも触れています。
この『あるヨギの自叙伝』には、そういう間違ったシッディの使い方を教訓として示している一方で、聖者の無為自然なシッディの奇跡の数々も紹介されています。
病気治癒、肉体分離、空中浮遊、透視能力、未来の予言などなど、まさにシッディのオンパレードなんですね!
「これって、本当ですか……」というようなシッディのエピソードと、まるで好奇心旺盛な少年が物語を楽しく話すようなヨーガーナンダの軽快な文章とが相まって、とても魅力に溢れた聖典となっていると感じます。

そして私は今回、『あるヨギの自叙伝』を読み返す中で特に印象に残ったのは、「ヴィヴェーカーナンダのシッディ」のエピソードです。
以下、その内容を要約した形でご紹介させていただきます。

1893年、シカゴで第一回世界宗教会議が開催され、ヴィヴェーカーナンダはヒンドゥ教代表で講演をし、連日にわたって大反響を呼んでいました。
ちょうどその頃、17歳のディキンソンというアメリカ人の青年が、母とシカゴの大通りを歩いていました。
すると突如、「まばゆい光」が見えます。
そして、その二、三歩前をゆっくりした足取りで歩いて大公会堂に入っていくヴィヴェーカーナンダを見て彼は叫びます、「お母さん! あの人は、僕が溺れそうになったとき、幻に現れた人です!」
ディキンソンは5歳の時、池で溺れて死にそうになった時、まばゆい光の中で優しい微笑をした男性が助けてくれたヴィジョンを見ていました。
それがヴィヴェーカーナンダだと直観したディキンソンは大公会堂に入り、ヴィヴェーカーナンダの魂を震わす講演を聴きます。
講演後、彼は面会を求め近づくと、ヴィヴェーカーナンダはまるで昔からの友達のように微笑み、なんと驚くことに「やあ、水の中から出られてよかったね!」と言います。
そして「私の師であると名乗ってほしい」というディキンソンの心の声を読み取って、ヴィヴェーカーナンダは美しい射るような眼差しで次の予言を言います、「あなたの先生は、あとで来ます。その人は、あなたに銀のコップをくれるでしょう」
その後ディキンソンは、ヴィヴェーカーナンダに会うことがなく、また師と出会うこともなく、長い歳月が過ぎていきました。
しかし1925年のある夜、ディキンソンは、神に「どうぞ師をあたえたまえ」と熱心に祈り、その夜眠りに就いた時に天使のヴィジョンと神々しい音楽を聴く恩恵を得て、そしてその翌晩にロスアンゼルスで生涯の師となるヨーガーナンダと出会います。
ただ、その師であるヨーガーナンダから銀のコップが渡されることもなく11年の月日が流れ、その間ディキンソンもヴィヴェーカーナンダの予言を時々思い出すも、次第にあの言葉は何かの比喩に過ぎなかったと言い聞かせるようになっていきました。

しかし、予言の日はやってきます。
1936年の聖なるクリスマスの日、インドからアメリカに再び戻ったヨーガーナンダは、ロスアンゼルスでアメリカの弟子一人一人にお土産のプレゼントを渡していきます。
「これはきっとディキンソン氏が気に入るに違いない」と、そうヨーガーナンダは思って買った包みを彼に渡し、そしてディキンソンは包みのリボンを解いて叫んだそうです、
「銀のコップだ!」
この時、彼は人生で三度目のまばゆい光を見たのでした。

シカゴでのヴィヴェーカーナンダの予言から43年後の奇跡のこのストーリーを読み、私は思わず「う〜ん!!」と唸ってしまいました。
また同時に、「あなたに銀のコップをくれるでしょう」と言ったヴィヴェーカーナンダの無為自然なユーモアというか遊び心というか、本当にシッディを他者の歓びのために有益に使っている、最高にサプライズなクリスマス・プレゼントだと感嘆しました。

ヴィヴェーカーナンダは師であるシュリー・ラーマクリシュナに出会って修行を始めた頃、師から「将来、霊性の師として働く時は、役に立つだろう」と言われシッディを授かる機会がありましたが、次のように答えます。

「まず神を悟らせてください。そうすれば、超自然力が必要か否か、おそらく分かることでしょう。今そうした力を頂いたなら、神を忘れて利己的に利用してしまって、自滅するかもしれません」

そしてその後、ヴィヴェーカーナンダは悟り、またシッディの力を持っていたことは、『あるヨギの自叙伝』の「銀のコップ」のエピソードを読むと明らかです。

シュリー・ラーマクリシュナは晩年、ヴィヴェーカーナンダを傍らに呼び寄せて、じっと彼に視線を注いだまま、深い瞑想にお入りになり、その後泣きながら次の言葉をお話になられたそうです。

「今日、私は自分が持つすべてをお前に与えた。私は一介のファキール、無一物の乞食にすぎない。お前に授けた力によって、お前は世界で偉業を成し遂げるだろう」

このシュリー・ラーマクリシュナのお言葉がすべてだと思います。
悟りもシッディも、師のすべてがヴィヴェーカーナンダに引き継がれています!!!

2月18日は偉大なる覚者シュリー・ラーマクリシュナの御聖誕日です。
2月はもう1回、『あるヨギの自叙伝』からシュリー・ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダに関連する記事を書きたいと思っています😄📝

 

ゴーパーラ


銭湯の帰り夜空を見上げて思ったこと。

機関誌『パラマハンサ』11月号を読んでとても感動しました!

11月23日の師の御聖誕日はコロナ禍のため、残念ながら弟子一同が京都に集まることはできませんでしたが、『パラマハンサ』を通じて世界各地のグルバイ(兄弟弟子)たちから師への感謝とヨーガへの熱い思いが捧げられたのです!

当日『パラマハンサ』を読むと、遠くに住むグルバイたちがこの過酷な状況の中、師から与えていただいている愛を存分に感じながら、それを道しるべに懸命に生きているのが伝わってきて胸が熱くなりました。読み進めていくうちにどんどん師への思いが増して、歓びが大きく大きく膨れ上がっていきました!!!師やグルバイたちに会えない状況が続いていたので、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。

歓びの余韻が続いている中、師走に入り京都の朝晩はずいぶん冷え込んできて、身体を温めようとある晩家族で銭湯にやってきました。ここの銭湯、源湯はアーシュラマからも近く、師も昔入られていたそうです。

源湯。数年前にオーナーが代わったそうです。入り口にはご当地サイダーや駄菓子が販売され、休憩所にはこたつや自由に読める漫画、マッサージ機などが置いてありました〜。

ノスタルジックな雰囲気が漂う浴場で湯船に浸かると、身体が手足の末端からじんわりと温められていき、師の愛に包まれているのを思わず想像しました。

そしてゆっくりとお風呂に浸かったあと、外に出てふと空を見上げると、空気は澄んでいて星がたくさん見えました。

キラキラと輝いている星たちを眺めていると、まるで世界中でヨーガに生きているグルバイたちのようだと思いました。太陽のようなヨギさんの愛の光に照らされて、キラキラとそれぞれの場所で光輝く弟子たち。その輝きはどんどん大きくなって、周りに慰安と勇気を与え、やがて宝石箱をひっくり返したような美しい星空へと広がっていくに違いないと思いました。私もその中の1つとして輝けるように頑張ろう、そんなことを思った夜でした。

                                 アマラー


育児を通してヨーガに向き合う

私が初めて「本当の幸せ」について、とことん突き詰めて真剣に考えたのは長女が生まれた時でした。
「自分の命と引き換えにしても、この子に絶対に幸せになってほしい!」という思いが心の底から湧いてきました。これほどまでに、自分以外の人の幸せを願ったことは一度もありませんでした。が、私が死んだらこの子を幸せにできないということにすぐに気が付き(笑)、この子のためにも元気に生きていかなければ!と思い直しました。この時私に、わが子を通して、自分の命と人生が自分のためだけにあるのではなく、他者のためにもあるという自覚が芽生えました。子どもが生まれたことで突然生じた大きな心境の変化に、自分自身が驚きました。

初めての育児は毎日戸惑うことばかりでした。何度も自分が泣きたくなりましたが(実際、泣きました。笑)、一生懸命おっぱいを飲んで、か弱い声で泣くことしか出来ない小さなわが子を見ていると、この子にはどんなことがあっても幸せになって欲しい!という思いがふつふつと湧いてきます。
私は娘を幸せにするための具体的な方法を考え始めました。「とにかく、愛情いっぱいに育てよう。それが一番大切だわ」そして、育児書や子育てに関する本も参考にしながら、わが子が幸せになるために私に出来得るあらゆることを探しました。
絶対幸せになるための方法…絶対の幸せ…。「ちょっと待てよ…」ふと疑問がわきました。「何が絶対の幸せなんだろう?何があっても壊れない幸せ、本当の幸せってなんだろう?」
目指す目的地が曖昧では、そこに向かう方法も定まらない。まずは目的地を明確にする方が先決だ!と思った私は、今度は目的地である「本当の幸せ」について必死で考えました。
お金持ちになること、ずっと健康でいられること、皆から愛されること、世間から認められること、平凡で穏やかに暮らせること、好きな仕事に就けること、夢が叶えられること、自由気ままに生きられること、それから…。
考えても考えても簡単に答えは見つかりませんでした。私が思いつく「幸せ」には、わが子が絶対に幸せになれるという確信が持てなかったのです。少しでも不安材料があれば本当の幸せにはなれないのですから。
─結局、納得できる答えは見つけられませんでした。とはいっても、子どもの成長はちょっと待って、というわけにはいきません。私が取りあえず目的地としたのは“自己実現ができること”でした。

子育て中には親としていろいろなことを子どもに教えなければなりません。子どもは時折、哲学的な質問を投げかけてきます。「私は生まれる前はどこにいたの?」「私はどうして私なの?」「人は死んだらどうなるの?」
子どもが成長していく中で、他者に対する本当の優しさや、善悪の判断等について、ただ常識だからとか、単なる処世術のような表面的なことではなく、もっとその奥にある本質的なことを教えたいと思った私は、結局、自分自身が何度も物事を根本から考え直すことになりました。私は子育てを通して、この世界の在り様に対する疑問に本気で向き合うことになったのです。物事の根本、この世界の在り様を問うということは、今思えば真理を求めることとまったく同じことだったのです。
そして、私は師に出会い、ヨーガの中に「本当の幸せ」もこの世界に対する疑問の答えも、すべて見つけることができました。

ヨーガとは本当の自分を実現させること。
私たちの本性、真の自己とは不滅で永遠の存在であり、至福そのものである。普遍の真理には名前もなく、言葉では言い表すことが出来ない、神と呼ばれるものと同じである。それが誰もの本質であり、本当の自分であると─。
「本当の幸せ」とは、何かによって得られるものではなく、もうすでに誰もの中にあって、私たち自身が至福そのものであり、ただそれを実現することだったのです。
考えに考えて、私が取りあえず目的地にした“自己実現ができること”は、ヨーガでの意味としては間違っていなかった!?

クリシュナ神話の一場面、幼子クリシュナと養母ヤショーダ。クリシュナは神としての偉大な面を隠し、母親がわが子を愛するように神を愛することを教えました。

私は二人の娘の子育て真っ最中に師と出会い、師の下でヨーガの道を歩むことを決心しました。時間に追われる日々の中で、もっと早く師に出会えていれば…と思った事もありましたが、今振り返ると、私にとって家族を持つことや子育てはとても大切なことであり、ヨーガに向かうために必要なことだったのだなぁと感じています。
今もヨーガの学びは続づいていますが、今はわが子だけでなく、誰もが絶対に壊れない本当の幸せ=本当の自分が実現できることを心から願っています!

シャルミニー


シャーンティ庵、嵐山に引越し

ご存知の方も多いかと思いますが、先月末に8年間住んだ上京区のシャーンティ庵を引越ししました❗️

新しいシャーンティ庵の場所は、嵐山です‼️

新居1階の部屋。

渡月橋。

よくテレビなどで映る渡月橋にも歩いて行けて、周りは自然が多く静かで、サーダナ(霊的修行)をするのにはとてもよい環境です。

今回引越しをしたのは、コロナウィルスの影響で遠方のグルバイの方たちがシャーンティ庵を利用できなくなったことと家の更新年が重なったこともあり、シャーンティ庵をコンパクトにしようと思い物件を探したところ、職場のある嵐山に良い物件が見つかったからです。
上京区の旧居は5部屋でしたが、嵐山の新居も3部屋あり、3人前後は泊まっていただけます。
古い家ですが、リフォームもされていて良い家ですよ〜
車も購入予定なので、また遠方のグルバイの皆さんとお会いできる時には車で送迎もできるようにしたいと思っています。
京都のグルバイの方もぜひお越しください!

今後もシャーンティ庵の方、どうぞよろしくお願い致します‼️

ゴーパーラ


永遠の物語 悪から善がでて来る

またもや永遠の物語を読んでいると、こんな話がありました。

王様が大臣をつれて狩りにでかけました。王様は無神論者でしたが、大臣は大変信心深く、人の身に起こったことはなんであれ、究極には神の思召しで彼のためによいことになる、と信じていました。

王様は森の中で雄ジカを見つけました。弓に矢をつがえようとした時、鋭い矢の先端で手の指を1本傷つけてしまいました。大臣は王様にこの傷は何かお為になるでしょう、と進言しました。これを聞いて王様は腹を立て、近くの井戸に大臣を突き落としました。王様は憎々しく、井戸に落ちたのはお前の幸せためであるぞ、と言いました。

王宮に帰ろうとした矢先、王様は盗賊の一団に捕まってしまいました。彼らは女神カーリのお祀りの準備をしていて、生贄(いけにえ)として祭神に捧げる男を探していました。王様は女神の前につれてこられ、沐浴させられた後、身体を調べられ、指の傷が発見されました。身体が完全に無傷な人間しかお供えしない、というのが盗賊たちの掟でした。それで彼は放免されました。

ここで王様は今日の出来事をよく考え、指の傷が自分を救ったことに思いいたり、大臣の言葉の正しさを悟りました。彼はそこで井戸に戻って大臣を引き上げました。彼が大臣に一部始終を話すと、後者もまた、もし王様が私を井戸に突き落としていらっしゃらなかったら、盗賊は私を捕らえて生贄にしたでしょう、と言いました。


どんな状況下にあっても、素直に神を信じ続ける大臣の姿に胸が躍りました。すべては神の思し召し、と言葉にするのは簡単ですが、実際にどんな状況も受け入れていくということは、尋常でない強い信仰が要ることです。そして物語の結末は痺れました。王様は大臣の進言の通り、指に傷を負ったことで命が助かり、大臣は王様に井戸に突き落としてもらったお陰で、盗賊に見つからずに命が助かったというのです。神のなさることは人間の想像を超えている、と言います。そして神は不可能を可能にすると言います。どんなときも神へのゆるぎない信仰をもつ大切さが、とてもよく感じられる物語でした。

ところで最近、私はわりと長く働いた職場を辞め、新しい仕事に就くことになりました。新たな人との関わりや、新たに仕事を覚えることなど、今までと勝手の違うことに慣れるのには、しんどいことも色々あるだろうな・・・と思うと、自分で決断したこととはいえ少し不安を感じていました。けれどこの物語を読んで頑張れる気がしてきました。すべては神の思し召し。どんなことも自分のためになるのです。この金言を常に胸に抱きながら、新しい仕事と向き合っていきたいと思います。

                                  アマラー

 


新! MYMタペストリー誕生!!

もう10年ちょっと前のことになります。キールタンの野外活動を始めた時、アーシュラマの設立当初からずっと祭壇に掲げられてきたサハスラーラ・チャクラの旗をお借りできることになりました。その旗は師がデザインされ、当時アーシュラマに通われていた一期生の方が染色をされたそうです。旗の中央には、悟りの象徴でもある千弁蓮華が描かれていて、上部にはサンスクリットの文字でこのように書かれていました。

純粋な歓喜から一切万物は生まれる
それは歓喜によって維持され
歓喜に向かって進み
歓喜に回帰する

この宇宙すべて、私たちを含めた一切万物の姿が表現されている真理の言葉です。
旗印とは本当によく言われたもので、この旗を実際に手にし掲げると、自分たちが目指す悟りがすぐ目の前に広がるような気がして、見上げる度にその目標を思い起こさせ、また最愛の師がすぐ傍にいてくださるような気がして、いつも大いに勇気付けられてきました。

40年以上も前に作られたこの旗は、真夏の太陽や突然の風雨にさらされることによって、当然ながら劣化が進んでしまいました。できればこの旗は、MYMの宝物として保存しておきたい! そのかわりになる2代目がほしい! そう思い、師にご相談したところ、新たにデザインを考案してくださり、なんと2代目を制作することになったのです。ちょっと時間がかかってしまいましたが、先日その2代目がようやく完成しました!! 

それがこちら!! 

ジャーーーーン♪♪

なんとも力に満ちた、目の覚めるような鮮やかな赤色に、
中央にはMYMのシンボルマークでもある蓮!

デザインしてくださった師は、先日、次のような祝福の言葉をくださいました。

ーーー
MYM 新旗(タペストリー)に寄せて

「真理は一つ 見者はそれを様々な名で呼ぶ」(リグ ヴェーダ)
真理は名もなく形もないが、それを見た者ーー覚者らは様々な名で呼んできた。
真実在、神、ブラフマン(梵)、アートマン(真我)、サットチットアーナンダ‥‥
名という言葉も真実を象徴するもので、形もまた同様である。
光、イーシュヴァラ、サハスラーラ チャクラ(千弁蓮華)‥‥
タペストリーのサハスラーラ チャクラとその中央の黄金色のシルエットは上記の象徴
である。また背景の赤色は一切造化の力能(シャクティ)を象徴している。

ーーー

師が長年説かれてきている教えが、このタペストリーにギュッと凝縮して表現されていることを改めて感じました。師がご覧になっている世界を見たい。それを見る人だけが見るのです。
古代から途絶えることなく続いてきている尊い真実を私たちも受け継ぎ、師の息吹の吹き込まれたこのタペストリーとともに、次の世代、また次の世代へと永遠に紡いでいくことができますように。

今は、実際にみなさまにお披露目ができなくて残念ですが、今後、MYMのさまざまな活動のシーンで、きっと目にしていただけることがあると思います! どうぞお楽しみに!

ミラバイ


カーリーヤントラ・カラートートバッグ!

トートバッグ カラー

見てください〜。このカラフルなトートバッグ。
マハーヨーギー・ミッションオリジナルのトートバッグに、新たにカラーバージョンができました!!! ぱっと目を引く鮮やかな色合いから、これからの季節に似合いそうな、こっくりとした深みのある色目まで彩り豊か。全17色ほどあります!

実はこれらのバッグ、一点ずつ手染めされているんです〜!
同じ色でも一点ごとに微妙な表情の違いがあるのも、多少の色ムラが出ているのも、手染めならではのいい味わいとなっています。

ミラバイ@@プレーマ・アーシュラマ

ゴールドとシルバーで描かれたカーリーヤントラは、シヴァ(男神)とシャクティ(女神)の合一から宇宙万物が展開するというヨーガ哲学が表されています。
伝統的にも瞑想に用いられてきたシンボルだそうで、シンプルで直線的な形に秘められた真理のエッセンスが感じられます。持ち歩いていると大いなるパワーをもらえそうですね!
ぜひお買い物に、お仕事にと、日々活用していただけたらと思います。

たくさん入る!トートバッグ

たっぷり入るLサイズ。ノートパソコンも余裕で入ります!

バッグは全部で80枚限定なので、ご希望の方はお早めに〜。
詳細・ご注文はこちら

ちなみにカーリーヤントラの半袖Tシャツは完売、レディースのロングTシャツSサイズのみ、赤・黒各1枚あります。小さめなのでお子様にもおすすめです(キッズ150サイズくらい)。ご希望の方はご連絡ください。

ヨーガダンダ、ラームダース

ヨーガダンダさん&ラームダースさん(やっぱり兄弟。似てますね〜)
真夏の暑い最中に黙々と染色してくれました。ありがとうございます!
無心に作業することで、サットヴァ(純粋)になるのを感じたとか。

マードゥリー