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ブラゴパーラ vol.4 「千本釈迦堂 大報恩寺」編

皆さん、こんにちは。
約半年ぶりのブラゴパーラです😎
今回は冬の大根焚きで有名な大報恩寺、通称「千本釈迦堂」に行って参りました。

この千本釈迦堂は自宅のシャーンティ庵の裏手にあり、前回取り上げた釘抜地蔵よりも近いかもしれません。
そんな近所のお寺ですが、実はかなりすごい所だったのです‼️
応仁の乱など幾多の戦火から難を逃れた本堂は、京洛最古の木造建築物ということで国宝に指定され、本尊の釈迦如来像(秘仏)も国宝、また霊宝殿には快慶一派作の十大弟子立像や六観音菩薩像などの重要文化財が多数所蔵され、まさに仏教美術の宝庫なのです💎✨

本堂の外壁の格子戸からは洗練された美しさと力強さが感じられ、また本堂内の太い柱は重厚で、それが支えとなってか、とても落ち着く静謐な空間でした。

本堂内からみた景色。

霊宝殿の作品は間近で拝することができ、その仏像が放つ迫力と、緻密な作りに圧倒されました。

定慶作 「六観音菩薩像」。 全国で唯一の六体一同に安置されている観音様。

本堂・仏像共にダイナミックかつ、精妙なものを感じずにはいられませんでした。
この何というか「ピシーっ」とした空気感は、良い悪いということではなく、閻魔堂や釘抜地蔵にはありませんでした。

では、この千本釈迦堂の特有の空気感は、どこから来ているのでしょうか👀?

私は仏教建築や仏像の知識はほとんど持ち合わせていませんので、個人的な見解になりますが、その一つには宮大工や仏師たちの「研ぎ澄まされた精神」が関係しているのではないかと感じます。

仏像彫刻をする仏師はもちろんのこと、宮大工もかんなやのこぎりなどの刃物を扱い、その切れ味が物作りに直結するといわれています。
「棟梁は柱も組むが、人組み」と述べたという法隆寺の解体・修復に取り組んだ宮大工棟梁の西岡常一さんは有名ですが、その西岡さんも見習いの時は「刃物研ぎ」を厳しく仕込まれたそうです。
最近、西岡さんの唯一の内弟子である小川三夫さんのインタヴューを目にしました。
師匠に弟子入りしたら、娯楽は一切禁止、仕事が終わったら刃物研ぎをするそうです。
1年くらいすれば一応は切れるものにはなるようですが、一点の曇りもない研ぎをするには「毎日一所懸命研ぐこと」と、「ちょっとしたことに気付くか気付かないか」が大事だと言っていました。
「研げた」と思えるそれは、本人にしか分からない領域のことで、師匠や先輩が削る木屑などから感じ取れるかどうか、そのちょっとした感覚が物作りに関係してくるそうで、そのようにして「研ぎ澄まされた精神」が養われると言っていました。

道具の研鑽は、心の研鑽になるのですね

ヨーガ行者の道具は何かといえば、「心」ですよね。
瞑想で心の余計な思いを削ぎ落とし、研鑽していく。
そうして心が澄み渡った時、その奥に在る真実に目覚める――

私自身、日々の研鑽に励み、「ピシーっ」となりたいと感じた今回のお散歩でした😇

 

ゴパーラ


魂から魂へ

突然ですが、先週末に師を追いかけて台湾に行ってきました。
師は5月に続いて二度目の訪台となりました。そして今回も台湾の活動をサポートしてきたミラバイさんが師に同行されていました。私は初日のサットサンガに出席させて頂きましたので、今回一番感じた事を少しお話しさせて下さい。

今やインターネットが世界中を駆け巡り、まるでその場にいるかの様に世界中の情報を瞬時に手に入れる事ができます。本当に便利ですね。私もマハーヨーギー・ミッションのクラスに通うきっかけはネット検索でした。

でも、それだけではだめなんです。
『いちばん大切なものは目に見えないんだよ』
星の王子様でも言われていたことです。

今回、師と台湾の方達が会場のジョイフルリビングという素敵な空間で対面している様子を、後ろから見させていただきました。人生の目的。この世の理。生まれてきた意味。参加者それぞれが胸に秘めた普遍的な疑問は、洋の東西・時代を問わず同じでした。それぞれの想いがとつとつと語られ始め、それに対して真理を実現した覚者から直接発せられたその息吹は、会場を瞬く間に神聖な教えの場に変えてしまいました。無知を射抜く真智の瞳から発せられた祝福は参加者のハートを沸騰させ、高揚した表情で誰もが視線を外せずにいました。
ブッダが民衆に説法した際も、古のヨーガ行者が師から洞窟で教えを授かった時も、きっとこんな感じだったに違いないと感じました。
それはネットの情報や書物からでは決して感じ得ない、直接的に届けられる体験でした。私も何度も師のサットサンガで魂を鷲掴みにされる様な体験をしていますが、正に今、この瞬間、この方達は凄い体感をしているんだなと背後からみて感じました。

日本に来たことのある台湾の仲間が「私は5月にヨギさんから沢山の種子を心に植えて貰った。今でも日常で自分の習性を変えて行く力となってその種子は育っている」という話をしてくれたのがとても印象的でした。

国境を超え、言語を超え、人種を超え、魂から魂へ。
正にそんな言葉がぴったりくるサットサンガでした。
師は真理を求める人がいるなら何処へでも出向くと仰っています。御自身の肉体をすり減らしてでも、真理を求める人の心に直接種子を植えつけるために。真理の問答・サットサンガを通して。

私は師の為さる働きが、本当に尊いお仕事だと心から敬服しました。

チャイタニヤ


篠山で味わう、秋の味覚と命の歓び

本日、師は台湾へご出発されました。
今回はどんなドラマが生まれるのでしょうか。楽しみですね〜〜!!!

 さて、のどかな田園風景が広がる町、丹波・篠山にも、師との出会いがもたらされ、一人でも多くの人にヨーガを伝えていきいと純真な思いをもって活動している仲間がいます。
MAMA YOGA lila(ママたちのヨーガのサークル)の皆さんとのご縁で、7月からのヨーガ・瞑想特別クラス、そして先週の木曜日には、さまらさの台所の開催が実現しました。とっても熱心な皆さんと交流する中で、この地域の肥沃な大地に撒かれたヨーガの種は、着実に育っているように感じました。

ではでは、先日の報告をさせていただきますね。
秋の味覚がとっても豊富な丹波・篠山。特に有名な特産物に黒豆がありますが、その黒大豆が成熟する前の、たった3週間ほどしか食べることができない貴重な枝豆が黒枝豆だそうです。
この時期、サークルのメンバーも収穫の手伝いで忙しい方もあるようですが、食べきれないほどの黒枝豆をどっさりもらうことがあるという方や、ほぼ毎日食べているという方もおられました。
そこで、今回は黒枝豆の販売解禁日(そんな日が設けられているとはビックリ)から一週間というタイミングで、ぷりっぷり♪の黒枝豆を使った料理いろいろをご紹介しました〜。


この日作ったのは、かき揚げとポタージュ、白和え。その他、さつまいものスティックフライ、小かぶの浅漬。新鮮野菜はすべて丹波から! 
料理の工程はどれも単純ですが、無駄なく美味しい手順のコツもお伝えしました。
例えば今回のメニューなら、中華鍋で白和えのごまを炒る(ちょっとひと手間で美味しく)→鍋は洗わず、油とさつまいもを同時に火にかける(中はホクホク、外はカリっと)→時々さつまいもを動かすくらいでいいので他の料理にかかれる(効率的!)→油の温度が上がりさつまいもが揚がったら、次にかき揚げを揚げ始める、など。
味付けはほとんど塩のみ、一品に薄口醤油を少々使っただけです。
黒枝豆は、できるだけ栄養素を逃がさないよう、少量の水で蒸すことに(時間短縮にもなります)。
さすが皆さん地元だけあって美味しい食べ方はよくご存知ですが、ほとんどの方が、ゆでてそのまま食べる以外はしたことがなかったようです。今回のようなお料理は逆に新鮮に感じられたようで、おもてなしにもいい! とにかくシンプルで簡単なのに美味しい!ととってても喜んでくださっていました。

ふだんはなかなか甘いものや食べる量が制御できず、食べてももの足りなく感じるという方が、一見少ないかな?と思う量でも、すごく満たされて今までの食事は何だったんだろうと思うくらいだったと言われていました。
また調理の中では、こうするもの、こうしなければいけないと思い込んでいたことに気付かされたという声もありました。
これがなんとも、目から鱗の驚き、さまらさの台所の醍醐味なんですよね〜!みんなで楽しく和やかに料理し、旬のお野菜の素材そのものを味わっていただくと、こんなにも体も心も満ち足りる。私たちの命の歓びを分かち合ったような気持ちになりました。

大自然の恵み、お野菜を作ってくださった方の働きに感謝を込めて「いただきます〜!」 託児などでヘルプしてくださった皆さん、お子さまも一緒に。

 
そしてこの日は盛りだくさん! 食事のあとは、皆さんにヨーガの広い世界を感じていただこうと、アーサナのデモンストレーションとキールタンの映像(2年前のイベント『The Eternal Quest〜永遠の探求』)の上映も行ないました。

「さまらさ」に込められた意味は、万物の命を等しく尊び、ともに歓びを味わうこと。食を通して命をいただく意味を深く感じていくことも、アーサナと瞑想によって心のざわめきを静めていくことも、また神の御名を唱え、神への愛を高めていくことも、たった一つのこと、私たちが自らの内にある真実を実現するためにある!! そんなエッセンスが少しでもお伝えできたら嬉しいなと思いました。

また次回(来年かな〜)、篠山にて皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

マードゥリー


京都 ヨーガ・瞑想クラス 交流会

京都ヨーガ・瞑想クラスの合同交流会がありました!

プログラムの初めにはアーサナのデモンストレーションがありました。今回はどのクラスでも人気もののゴパーラと土曜日のクラスに通い、最近とても熱心にヨーガと向き合っているMさんがアーサナをしてくれました。気迫に満ちたとても素晴らしいアーサナで、私自身は息を飲むような集中感にとても感動しました。

参加した皆さんも、食い入るようにデモンストレーションを見ておられました。「2人のアーサナを見て、集中間というものはこういうものかと感じた」「自分たちが普段しているアーサナの完成形が分かった」「いいものを見せてもらった」といった感想をいただきました。

その後、さまらさの食事を食べながら、自己紹介を兼ねて、皆さんがヨーガを始めたきっかけや、ヨーガをしてから変わったことなどを話していただきました。

クラスに通うようになって2年になる方が数人おられましたが、皆それぞれに2年前と比べて明らかな変化を感じておられるようでした。

ある方は数年ぶりに会った友人に「人相が良くなった!」と言われたようです。確かに最近の彼女は表情が明るく(昔が暗かったわけではないですが)とても軽やかな印象があります。

毎日アーサナをしていると言われた方は体にしっかりとした軸ができたと言われていました。確かに、最近の彼女からは芯の通った強さを感じます。

またある方は、仕事場でうまくいかなかった同僚と真理を学び瞑想していく中で怒りや不満の感情なく普通に話ができるようになったと言われていました。きっと瞑想によって心が変化し、動揺しなくなっていったからでしょう。

皆さんが日常生活の中で変化を感じながらクラスに通ってくださっていることを知り、とても嬉しかったです。

一方でアーサナの実践にムラがあり、甘いものがやめられない…と話されている方もおられました。それはそこにいる誰もが多かれ少なかれ経験があること、それぞれの体験を話しながら、みんなで自然とアドバイスしあいました。

みなさんの話を聞いていて感じたことは、調子が良い時も、悪い時もあり、状況は色々変わるし、誰もがトントン拍子でうまくいっているわけではないということ。人と比べる必要はなく、それぞれに道があり、コツコツと実践していくことで必ず進歩しているのだということです。
同じヨーガをしている仲間とこのようように話し、励まし、刺激しあえる機会はとても貴重だと思いました。

最後に話をしてくれたSさんは、熱心にクラスに通う中、自分の内に歓びがあることを体感し、自分自身も人に歓びを与えられる存在になりたいと話してくれました。彼女の話している言葉や姿、発しているプラーナ(気)から歓びが溢れ出ているのを感じ、こちらまで歓びが伝わってきました。そんな彼女も、ヨーガをする前は仕事のストレスで体調が調わないことがあったようですが、今ではそのようなことはなくなったと話されました。

改めて、ヨーガって本当にすごい!!一人の人の人生を大きく変化させる、なんとすごい力でしょう!!!!是非またこのような機会が持てたらと思います。


台北 ヨーガ滞在記

「君の飛行機は、今まさに飛び立とうとしているあれだ!」

ニューヨークの1カ月の滞在を終えた私は、台北乗り継ぎで日本に帰国する予定でした。
しかし、なんとトランジットの台北で飛行機に乗り遅れたのでした😱
それも搭乗ゲートの前にいたにもかかわらず……
ゲートの待合いの人たちが一向に動こうとしなかったため、飛行機が遅れているのだろうと勝手に思ってしまったのがビッグ・ミステイク!
その人たちは別便を待っており、彼らが並び始めたので私も並んで職員にチケットを見せた時には、もう手遅れでした😭✋✈️
航空会社のスタッフがチケットを交換できるか確認してくれましたが、「チケットの変更はできません。空港内で高額なチケットを購入するか、空港内のWi-Fiを使って今日のフライトをネット購入するか、または空港から出て台湾に滞在してチケットを購入する3つの手段があります」という返答……
私は台湾に何度か行かれたことのあるミラバイさんに電話をして相談し、翌日のフライトとゲストハウスの予約をネットで取って台北市内に1泊することにしました。
しかしながら、不幸中の幸いと言えばいいのか、この台北はヨーガの仲間が住んでいるところだったので、日本語ができるプリヤーと連絡を取り、夕方に彼女たちと会うことができる運びとなりました。

ゲストハウスに着いてしばし休憩をした後、台北の地下鉄MRTを利用し、18時に待ち合わせ場所のレストランへ。
突然の来訪にもかかわらず、仕事終わりや忙しい仕事の合間を縫って、プラサーディニー、プリヤー、ラーダー、アヤノの台北に住むグルバイがみんな集まってくれました😭

向かって左がプリヤー、右がラーダー。手前にある菜葉は「空心菜」というもので、茎が空洞になっているそうです。

本場の台湾料理をいただいた後、プラサーディニーとプリヤーが住む台湾ヨーガ・サンガの拠点にお邪魔させていただきました。
美味しいコーヒーとマンゴーをいただき、静かなその空間の中、自然とヨーガ・トークスへ。
台湾の瞑想会では「識別の瞑想」について学んでいるということもあって、彼女たちはその深まりを求めていました。
識別に関して私自身は、「真理を学ぶ」ことと「どう生きていきたいのか?」ということを自らに真剣に問うことがその推進力になると感じると述べ、また今回のニューヨークで師ヨギさんから、「識別ができるかどうかは心がサットヴァ性(透明性の快活な状態)かどうか。サットヴァな心になるには、余計な思いが湧いてこないように日常の仕事やミッション・ワークスを隙なく行なうこと」という教えをいただいたことなどを話しました。
そのようなことを話す中、「ヨーガ以外のことにはもう関心がない。でも、どこかヨーガへの情熱が足りないと感じる」と切実に話すラーダーを見て私は、「識別も大事だけど、ラーダーの場合はヨギさんと会えば大丈夫だと感じる」と言うと、彼女は「私もそう思う!」と答えました。
またラーダーは「台湾のクラスを少しでも京都のその雰囲気に近づけたい」、プリヤーは「台湾語でヨギさんやヨーガの話ができる仲間がいることを本当に嬉しく思う」と二人とも台湾のサンガへの思いを目に涙を浮かべながら話していました。
彼女たちと交流するといつも感じることがあります。それは、

「純粋さ」

この台北での出来事を振り返った時、彼女たちのように師や真理だけを思う純粋さこそが、サットヴァな心であると気付かされました。

まるで夢を見ているかのような、つかの間の幸せなひとときでした😌
台北グルバイの皆様、本当にお世話になりました‼️
真的谢谢🙏🙏🙏
再见吧😁

左からラーダー、プラサーディニー、プリヤー、アヤノ🌺

ゴパーラ


NY ヨーガ滞在記(後編)

「クリシュナの笛は何を象徴していると思う?」

帰国の前夜、師からいただいたゴパーラという法名の由来を私が尋ねた時、師はこのように尋ね返してきました。

私は「分からないです」と苦しく答えると、師はいつになくはっきりとした口調で、

『笛吹けど踊らず』

と言い、次のように話されました。

「この言葉は聖書に出てくるイエスの言葉。それは、『真理を語っても誰も理解しない』ということを意味している。クリシュナの物語はラーサ・リーラーに象徴されるように、満月の夜にブリンダーヴァンの森にクリシュナの笛の音に魅せられたゴーピー(牧女)たちが歓喜して踊る――ゴーピーには夫や子供がいる者もいたが、彼女たちはすべてを放ってクリシュナのもとに集った。ゴーピーは女性として描かれているが、『神以外はすべて女性』といわれるように、すべての人を意味している――クリシュナの笛は真理を象徴し、それを吹くとは真理を吹き込む、つまりインスパイヤを与えるということ。クリシュナとゴパーラは同じ。これからゴパーラはそのように行為したらいい。誠実に、堂々と」

このことを聞いた瞬間、私は驚愕しました。
師が弟子に法名を与えるにあたって、これほどの深い意味と希望を込めていることに――

私は帰国の日、自分の不甲斐なさに反省しきりだったので、師には「身をもって痛感した課題を克服していきたい」と述べたが、師の反応は今ひとつでした。
ただその後、アーサナ・デモンストレーションの活動に話題が及んだ時、師の声のトーンが明らかに高くなっていました。
それだけは感じられました。
そして、

「今日は満月やな。満月飛行、ええな!」

と満月について何回もおっしゃっていました。

帰りの飛行機の中、一睡もできなかったわけではありません。
もちろん、オオカミ男に変身することもありませんでした🐺
しかし、映画や音楽を楽しむ気にはまったくなれず、師と過ごした1カ月のニューヨークでの日々のことをずっと思い返していました。

そしてトランジットの台北の空港に着いた頃、私は「人生の目的」をハートで感じたような気がしました。

今、私のヨーガの境地は満月のように完全ではない。
では、どのくらい月が満ちているのだろうか?
三日月くらい?
そんなことは、もうどうでもいい――
月を照らす太陽は、すでに在るのだから!!!

「真理に生きたい」

それだけ!!!

師の尊い存在と無上のお導きに、深く頭を下げたい。

ジャイ!!! サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ!!!!!

今回の滞在中、師が見つけてくださったゴパーラの神像。

ゴパーラ


NY ヨーガ滞在記(前編)

皆様、ご無沙汰しております。
ゴパーラです。
ブログを1カ月ほどお休みしている間、ニューヨークに行っていました😃🗽🇺🇸
先日の8月10日まで師のヨギさんが約2カ月間に渡ってニューヨークをご訪問され、私も後半の1カ月を同行させていただき、師と共同生活を送っていました。
このブログでは、その時に起こった師とのエピソードを交えて、私の内面の気付きについてご紹介させていただきたいと思います。

私にとっては、7年ぶりとなるニューヨーク。
7年前に2カ月半滞在した時は、腰まであったロングヘアーを「似合っていない」ということで切ることになったり✂️、「体力がない」ということでランニングや腕立て伏せを命ぜられるなど、本当に数多くの出来事が起きました……😅

「今回の滞在はどんな感じになるのだろう?」

何か大きな出来事や変化を恐れながらも期待している自分がどこかにいましたが、今回の滞在はまるで正反対😯‼️
毎日が淡々と、また楽しく過ぎていき、何だか実家で暮らしているような感覚さえありました。
もちろん、できないことや新しくトライすることもあって緊張感はもって生活していましたが、7年前に比べるとそういうことも少なくなっていました。
そんなふうにしてある程度のことはこなしながらも、心中では「何か大事なことが欠けている」とも感じていました。

そんな中、1カ月の滞在も残り数日と迫った頃、朝食後に洗い物をしていると突然、ある思いがよぎりました。

――師への奉仕とは何か?――

お皿を片付けてすぐに師に質問をし、師は次のようにお答えになりました。

「常に気を付けて、相手が何を求めているのかを前もって感じ、必要なことを行為していくこと」

そのお言葉を聞いた瞬間、自分に欠けているものは「それ」だと感じました。
そして師はニッコリと笑われて言いました。

「あと数日ですが、がんばってやってください!」

その後の帰国までの数日間、まさに試されているかのようにそれにまつわる出来事が起こり、他者や物事に対しての配慮が欠けている行為が次々と浮き彫りになっていきました……😓

帰国の日、私は師に1カ月間の滞在のお礼を述べ、「人生の指針をいただいたと感じている。身をもって痛感した課題をこれから克服していきたい」と話しました。
ただ、そのことを話しても師の表情はいま一つでした。
「どうしてだろう?」と思いながらも、その後の話題が私が帰国後に行なうアーサナ・デモンストレーションの活動内容に及んだ時、師の声のトーンが変わりました。

(続く)

7年前に髪を切ったバーバーショップを再び訪れました。料金が$10ほど値上がりして$25でした。そのことをニューヨークの弟子に話すと次のように言われました。 「君のヘアースタイル代とアーサナ・瞑想クラスの料金が同じなのは問題だ」

ヘアカットした翌日、メトロポリタン・ミュージアムへ行きました。ニューヨークの1カ月間で観光したのは、こことセントラルパークの2カ所だけでした😌

ゴパーラ


児童館でヨーガ

縁あって京都のある児童館さんで月に一回のママさんヨーガを行なっています。
参加しているのは、お子さん連れの方がほとんどですが、お一人で参加される方もおられます。
その中で二組に分かれ、一組はヨーガをし、一組はご自分のお子さんと、ヨーガをしている方のお子さんとで遊んで時間を過ごします。その後、交替をするというシステムです。

始める前にお子さんのその日の状態や過ごし方などを報告しあいます。

この児童館のありがたいところは、ヨーガをするお部屋と、お子さんと一緒に過ごす遊戯室とが別にあり、その間に廊下ともう一つお部屋があること。おかげでその時間内は自分の子供たちがどのように過ごしているのかは分かりません。
最初は、お子さんと離れてご自身の時間を持つことに戸惑いがある方もおられるようです。それはそうですよね 😥 。
生後、何カ月目かという赤ちゃんになると、「今日、初めて子供と離れて過ごしました」というお声を聞くこともあるし、2〜3歳を越える子供たちになると、お母さんと離れることが理解できてしまうがため、お母さんがいない時間は大泣きに泣いて待つ、ということもあり、その様子に心を痛めるママさんも少なくないと思います。

それでも毎月来られている方、できるだけ参加したいと願っている方がおられることは本当に嬉しいことです。
一つにはそこに、先生とほかのママさんが、自分の子供をしっかり見てくださるという信頼と安心があります。
また保育時間は、自分の子供以外のお子さんのお世話をすることで、今の悩みを共有することができたり、反対に我が子の成長を感じられたり、すでに成長した我が子の小さな時のことを懐かしく思い出す方もおられるようです。

そしてヨーガの時間は……。普段お子さんを抱っこし、ご家族のためにがんばっているママさんたちには、一人でゆっくり過ごす時間はそうありません。そんな中、一組40分ほどのヨーガの時間は、心身ともにリラックスできる、ご自分と向き合う時間です。
皆さん、アーサナ(ポーズ)をしている時の真剣度が半端ありません 😀 )
また、毎回アーサナ後に5分ほどヨーガの話をさせていただいていますが、そこには日常にいかせることがいっぱい。時折ご家庭で実践されている様子もお聞きします。

アーサナが終わった後は皆さん、ほっこり、すっきり! そうしてにこやかに、大切なお子さんのところに戻っていかれます。そんな様子を拝見しながら、ヨーガも保育も、彼女たちにとってかけがえのない時間なのだろうなぁといつも感じます。

少し落ち着いた空間で、ゆったりとヨーガを行ないます。

余談ですが、この児童館さんとのご縁は、私と他のヨーガの仲間が、あるお子さんの介助ボランティアで入らせていただいたことが始まりです。そして私たちがヨーガをしていることを知った児童館の先生たちはクラスに何度も通ってくださいました。その中で、私たちがやっているヨーガを気に入り、本当に良いものだということを知った上で児童館でのヨーガを開催してくださったのです。だからこそ、ママさんたちに自信をもって勧めてくださっているのだと思います。

これからも少しでも多くの方と、ヨーガのご縁が生まれますように。

シャチー


真夏の王宮ーインド細密画

夏本番ですね!京都の夏は今年も暑いです!

昨年もお届けしましたが(細密画)、暑い夏に涼しそうなグレール派細密画です。

今日はちょっとインドの細密画について解説してみましょう。

インドの細密画は大きくは4つに大別されるそうです。

A. ラージャスターン派細密画(西北インド)
B. パハーリー派細密画(西ヒマラヤ丘陵地帯)
C. デカン派細密画(デカン高原地方)
D. ムガール派細密画(東北インド)

A, Bはインドの伝統的ヒンドゥー教系の細密画で、ラージプート派細密画と呼ばれ、16世紀頃〜19世紀初めまで盛んに描かれました。ラージプート族は武士階級なので、宮廷生活を描くとともにヒンドゥ教の多くの神話や文学をテーマに描かれています。
C, Dはペルシャの影響を受けたイスラム教系の細密画です。

インドの細密画は、当時の藩王国の盛衰と大きく関係しており、藩王の庇護の下で発展してきましたが、衰えた藩王国お抱えの画家は次なる藩王国に雇われ、その技法が融合しながら発展してきたと言われています。そして細密画のテーマや画風も当時の藩王の影響を大きく受けています。

ブログで時折紹介している、カーングラ派細密画(1780〜1825)やグレール派細密画(1720〜1800)は、Bのパハーリー派細密画になります。パハーリーとは、山地という意味です。

カーングラとグレールの細密画は密接で、場所もすぐ近くなのですが、優れたムガール画家の影響を受けてグレールで美しく花開いた優雅で繊細な写実主義的な技法がカーングラ派細密画に引き継がれ、カーングラでは藩王の手厚い庇護の下で特にクリシュナとラーダーの愛の物語の数々の傑作が生まれています。

両派の細密画のテーマは、「愛」です。今回紹介するグレール派細密画に見られるように、何と言っても際立っているのは女性の美しさです。女性の体や仕草を見事なラインで描いています。繊細な筆致と豊かな色使い、そして構図が素晴らしい!見事に愛というテーマを表現しています。

真夏の王宮のプールで王女が水浴びをしている様子が描かれていますが、濡れた長い黒髪、ゆったりとした涼しそうな衣服を巻きつけた王女が、暑い夏の日に左手を噴水に入れながら水タバコを吸ってくつろいでいます。侍女が楽器を演奏し、奥の寝室ではベッドを整えている様子まで描かれています。美しい絵ですが、それでもこの絵は、ひたすらいつ来るとも知れない愛人(神)の到着を待っている、恋する乙女(バクタ=神の愛人)の切ない心情が描かれているのです。

バクタは神に恋い焦がれ、その愛はとめどなく大きくなっていきます。ヨーギーの真理への思いも同じように果てしなく大きく大きくなっていきます。その衝動と愛の衝動は同じようなものなのでしょう。

愛をテーマとした美しい細密画をみると、ただちに心に愛の振動が起こります。神と魂の愛の物語は、このようにして人間の愛の形を通して詩や細密画に表されてきたのですね。

暑い夏に少しでも涼が取れますように!そして神への愛の振動が伝わりますように!

王宮も 牧場も 森も 戦場も

この人の世も 天国も

すべては 愛が支配する

愛は主にして 主は愛なれば

サーナンダ


ヨーガ・瞑想特別クラス 〜丹波・篠山のママたち〜

先週の木曜日、篠山へ行ってきました〜!
MAMA YOGA lilāの皆さんとお会いするのは4カ月ぶり。初参加の方も何名かおられ、ヨーガの輪が広がっているのを感じました。
アーサナをされる姿からは、日々子育てで忙しい中でも実践しておられる熱意、このひと時に向き合う集中感がビシビシ伝わってきました。皆さんのきらりと輝く表情、真剣な眼差しがとても印象的でした。

ヴジャンガ・アーサナ(コブラのポーズ)

この日のクラスは、日常のヨーガの実践法(ヤマ・ニヤマ)の学び、基本のアーサナ、練習中のシールシャ・アーサナ(頭立ち)や浄化法のナウリも行ないました。

ヨーガと出会ってからの変化をママたちにたずねてみると……
「コツコツするのが苦手だったけれど、やっていくとできなかったアーサナができるようになり、他のことについても前向きに取り組めるようになった」「子供とすごく余裕をもって向き合えるようになった」「いろんなことが楽になった」「体もすっきりし、食事面でも旬の味が美味しく幸せに感じるようになった」「本当の自分があると思えるようになり、心が乱れることが少なくなった」
などなど、皆さんそれぞれにいい気付きや体験があり、ヨーガの力を実感されていることに私もとても嬉しくなりました。

メンバーの中では、ヨーガを学びたい! 伝えていきたい!というムードが今、高まってきているそうですが、今回はその仲間の一人、シュリー・マハーヨーギーの直伝クラスにも熱心に通っている藤原里美さんの声をお届けしたいと思います。

マードゥリー


今年の2月にヨギさんから、MAMA YOGA lilāという名前をいただいて以来、一人、また一人と引き寄せられるように志を持つ仲間が集うようになり、日毎にヨーガへの熱が高まってきているように感じています。
ヨギさんは、どんな環境であっても誰もがヨーガを実践でき、真剣に求めれば必ず本当の自分に辿り着くことができるとおっしゃいます。
仲間たちも、それぞれに与えられた場所で懸命に生きています。今動ける人が動き、喜びも苦しみも皆で分け合い、助け合ってヨーガの道を歩み始めています。
そんな私たちにとって、マードゥリーさんが足を運んで行なってくださるこの特別クラスは、子どもたちを安心してみてくださるシャラニヤーさんをはじめ、いるかさんたち託児の皆さんのお力添えもあり、母子別室でひたすら自分と向き合えるまさに特別な時間です。

私自身、生きる支えになる確かな何かを闇雲に探し回って心身ともに疲れ果て、あきらめてしまったことをふと思い出しました。でも、今の私は、ヨギさんのもとに辿り着くことができ、あんなにも探し求めていた、何ものにも代え難い絶対にゆるがないものがすでにあることを教えていただきました。

今日、息子が母の洗濯物をたたみながら言いました。「ばあやんが喜ぶようにきれいにたたんであげたい!!」と。そんな息子の純粋な眼差しがとても嬉しく、ヨギさんがそれはカルマ・ヨーガといってとても素晴らしいことだから、お母さんにも、それをいっぱいいっぱいするようにって教えてくださったんだよと話しました。

これからも今与えられたこの場所で、真剣に求め続けたいと思います。

藤原 里美


一人でも真剣な人がいたなら、必ず縁は広がっていくと、シュリー・マハーヨーギーがおっしゃっていたことを思い出しました。
次回の特別クラスは9月。また皆さんとお会いできるのが楽しみです〜。