2000年問題から早15年。
こんにちは、マーダヴィーです。
突然の告白ですが、私はお裁縫がとっても苦手。
女子であるにも関わらず、出来れば避けて通りたい分野です。
ですが、年始早々、とうとうそれに立ち向かわないといけない時がやってきました。
同じお布団を何年も使っているうちに生地が弱くなり、ふちがビリビリに裂けてしまいました。お気に入りのお布団なので、これまでは破れた部分を手で繕ってきましたが、それも手間と時間がかかる。しかも仕上がりははっきり言って、、、、、、上手くない。
私の祖母はお裁縫が大好きで、ミシンもよく使っていました。祖母が選んで買ったミシンなので大切にしなくちゃと思い、今の家にも持ってきました。案の定、ミシンは置きっぱなし状態へ突入。いい道具も使い手がいないとその本領は発揮されず、まさにこれぞ宝の持ち腐れ。
この破れたお布団をミシンで縫えば早く出来るし、私のお裁縫能力よりもはるかに綺麗に、しかも丈夫に仕上がるだろうということはよくよく分かっているのです、はい。
ミシンを出すのが面倒だ、使うのが大変だ、そんなことしてる時間がない、そもそも一人でミシンを使うことなんてできるのだろうか?中学高校の頃以来か?上手く使えないんじゃないか・・・
結局実際にミシンを出すことをしないで、色々言い訳や理由を並べ立てて、“やっぱやめとこ〜” という結果になるのです。
大変だ、きっと難しいし自分にはできないという結果(自分の未来)を、やってみることなく、事前に作り上げているワケですね。そしてそれを苦手なものとして位置づけて、避けて通ることを繰り返し、これは苦手という傾向をさらに強めていくことになり、ますます苦手という枠から脱出することができなくなる。。。
よし!お正月休みで今はちょっと時間があるし、心を空っぽにして何も思わないでとにかくやってみよう!!とミシン掛けにチャレンジしてみたのです!
そうすると、、、
あれ?意外と簡単やん!(基本的にまっすぐ縫うだけだし、ミシンはほぼほぼ全自動)
こうやって黙々と一つのことをすることは全然苦じゃないし、実は好きやったんや、自分って。
しかも、無心で何かに集中してるって楽しいやーん!
予想外に短時間で出来上がった〜!やった〜!
と、とても気持ちのよい結果に!
それにしても実際に行動に移すところまでには長い時間かかった〜〜のですが、やってみると
苦手の克服あっという間に終了!心も軽い!
そこで気がついたのが、これってアーサナと全く同じ!ということ。
アーサナの中でも、このアーサナはキツイとか苦手なものってありません?
次はあのアーサナか〜とか、キツイなぁ、今日はスキップしちゃおうかとか・・・
結局、それも、それまでの経験でキツイとか苦しいと感じたことが積み重なって、この形はキツイ苦しいもんだという観念や結果を、そのアーサナをする前に自分で勝手に作ってしまっているんですよね。
そんな思いがアーサナの前に出てきたら、まずは心を空っぽにして、何も思わずにとにかくやってみる。そうすると、意外とそのアーサナに自然と向き合えたり、苦手だと決めつけていたのは自分だったと気がつくことがあります。
もし、アーサナの最中に心が動いたら、もう一度吐く息にフォーカスし直して、心に動く隙を与えないくらいに形を作ってみる。(自分の限界を毎回超える努力をする)
アーサナの中でそのように訓練をしていくと、それまでの自分の感じ方や考えや行動の傾向を保持していた力が弱まり、心が空っぽな状態が作り出されていきます。自分を縛り付けていた束縛がなくなり、苦手もなくなり、アーサナを行なっているその最中でさえも(外見はある形としての束縛の中にあるようにも見えるのですが)、その内面においては、身体も心も消え去って宇宙空間だけが広がっているかのような自由な状態がやってきます。
アーサナには自分の心をすっかりと変えてしまう絶大な力があります。(もちろんそれには、正しい先生の導きの元、真実を学びながら実践することが必須ですけどね!)
そして、それがそのまま日常に出てきます。
心を空っぽにして行為する、やっぱこれが秘訣ですね!
アーサナにおいても、日常においても!!
お年始早々、色々な気付きのきっかけを与えてくれたミシンさん、ありがとう〜!
私たちも自分自身が宝の持ち腐れにならないよう、自分たちの中にある宝の原石磨いて、今年は開花させていきましょう〜!!
マーダヴィー