夏休みブログ🍉🎐〜円空や鬼、ブッダのことばについて〜

残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続きますね☀️
今回は夏休みシーズンということで、ちょっとラフでフリーな感じでブログを書いてみました🏖️🏄
少し長くなったのですが、お付き合いいただけたらと思います🙏

1年半ほど前になりますが、あべのハルカスで開催されていた円空展に行ってきました。
円空は生涯で民衆のために12万体の仏像を彫ったと伝えられている修行僧です。

飛騨千光寺に伝わる金剛力士像。まるで木からそのまま仏が現れたかのような姿です。寺の境内の立ち枯れた木から直にこの像を彫ったとか。

円空の特徴は大胆な荒彫りーー私は初めてその彫りをネットで目にした時、衝撃を受け、私の心にも深い印象を刻み込みました。
そこからというもの、円空に魅了された私は、その仏像が安置されている滋賀や岐阜のお寺に足を運びました。
その時のブログはこちら💁「ブラゴパーラvol.8」

この円空展では、たくさんの作品(円空仏)が展示されていました。
素朴な微笑みを浮かべる数々の円空仏を見ていると、円空が民衆のために12万体の仏像を彫ったという事実が心の中に浸透していきました。
円空のその偉大な行跡はもちろん知ってはいたのですが、実際に円空仏を見ていると、自然と頭が下がる思いになったのです。
ブログを1000書いたとしても円空には遠く及ばないし、アーサナを毎日12ポーズ×12年間やり続けても50000ポーズほどです。
数がいちばん大事ということではないですが、円空仏と対面することで、彼の行動がどれだけ驚異的なことであったのか、また神狂いであったのかと心の奥から感じ、謙虚な気持ちになりました。

そして円空展の目玉は「両面宿儺(りょうめんすくな)」でした。
『呪術廻戦』という人気漫画に登場し、有名になった鬼神です。


歴史上で両面宿儺は朝廷に叛逆した飛騨の豪族だと言われ、異形の鬼の姿で伝えられていますが、地元では武勇に優れた英雄的な人物だったそうです。
その両面宿儺の像を円空が飛騨高山の千光寺に滞在中に製作したようです。

ちょっと話は逸れますが最近、仕事で映画『鬼滅の刃』を観る機会があったのですが、鬼にもいろんな鬼がいて、それがきっかけで「鬼って何なのかな?」って考えることがありました。
それは王権側から見たら叛逆者であり、また人間の心が生み出す嫉妬や怒り、欲望、死への恐怖etcが鬼となって現れているのかな思ったのと、不平不満や嘘、暴言を口にすれば、鬼のように顔が赤くなりツノが生え、その場は修羅・地獄と化します👹
かのブッダは、「人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割く」と言って言葉の慎重さを説いていますし、また「時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむ」とおっしゃっています。
以下が、ブッダが私たちを苦しみから脱するように鼓舞した言葉になります。

起(た)てよ、座れ。眠って汝らになんの益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。
起(た)てよ、座れ。平安を得るために、ひたすらに修行せよ。汝らが怠惰でありその〔死王の〕力に服したことを死王が知って、汝らを迷わしめることなかれ。
神々も人間も、ものを欲しがり、執着にとらわれている。この執着を超えよ。わずかの時をも空しく過すことなかれ。時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむからである。
怠りは塵垢である。怠りに従って塵垢がつもる。つとめはげむことによって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。

『ブッダのことば』 第二 小なる章 10、精励

とても力強い言葉です。怠惰になって地獄に落ちないように、瞑想の修行を怠らずに努め励むこと、それが心を平安にするためにすごく大事なことだと分かります。

あと、もし心が波立ったり荒れているな、怠惰になっているなと思ったら、円空仏などの仏像や聖なるシンボルを目にすることも大事なことだと感じています👀
目を通して、心は落ち着き、清涼になると思います👹⇨😊🏝️

ゴーパーラ


ヨーガとインド神話

私は、マハーヨーギー・ミッションのバクティ・ヨーガのクラス「バクティ・サンガム」で、キールタンを歌ったり、インド神話や神々について学んだりする中で、自然とインドの神々に親しみを感じるようになりました。

また、機関紙『パラマハンサ』に長年連載されていた『バーガヴァタ・プラーナ』の記事を読み続けるうちに、「インド神話って本当に面白い!」と強く感じるようになっていきました。

私たち日本人には、古くから「八百万の神」という多神的な感覚が生活に根づいています。多くのユニークな神々が登場するインド神話に、どこか懐かしさや馴染みやすさを感じるのも、そうした文化的背景があるからかもしれません。

ヨーガは特定の宗教に属するものではありませんが、そのルーツはヒンドゥー教と同じく古代インドの叡智にあります。そのため、ヨーガの教えとヒンドゥー教の聖典や神話には、重なり合う部分が多く見られるようです。

こうした背景などを少し知ったうえでヨーガの実践者として神話にふれると、最初は知らない神様に戸惑ったり、荒唐無稽な作り話のように感じられた物語が、次第に知的な理解を超えて、心に深く響いてくるようになりました。

インドの女神信仰の聖典に『デーヴィー・マーハートミャ(女神の素晴らしさ)』というものがあります。

この書籍に『デーヴィー・マーハートミャ』が収録。

この聖典は、女神の誕生からアスラ族(悪魔)との壮絶な戦い、そして女神が完全勝利を収めるまでの大スペクタクルな物語と、女神への賛歌から成っています。
インドの女神は、最も優しく美しい存在でありながら、この宇宙のすべてを生み出しすべてを飲み込むエネルギーそのものであり、宇宙最強で最恐(?!)でもあります!

どれほど最強かというと、宇宙の創造主ヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマー、インドラをはじめとする、あまたの神々から放たれた神の光のエネルギーが一つに集結して誕生したのが女神ドゥルガーなのです。その上、それぞれの神々から、特別な神の武器を贈られ、完全武装した女神となります。その想像を絶する強大な威力を持った女神がひとたび雄叫びをあげると、「全世界が震撼し、海は波立ち、大地は震え、山々が揺れ動いた」と語られるほどのスケールです!

しかし、そんな女神にさえ対抗する力を持っているアスラたちは、倒しても倒しても、しぶとく次々とわいてきます。ついには大憤怒したドゥルガー女神から、より強力なカーリー女神が生まれ、最後にはアスラの王が倒されるのです。

さて、この聖典についての解釈はさまざまあると思いますが、私自身が読み終えた時に、最も印象深く胸に迫ってくるのは、「人間の無知」の象徴とされるアスラの、なんとしつこいことか…ということです。
そして、それをあの手この手で何とか滅ぼそうと戦ってくれる女神や神々の、なんと偉大で慈悲深いことかという思いです。

ヨーガでは、私たち一人ひとりが神の顕れだと教えられています。そう考えると、この壮絶な戦いは、私たち自身の「無知」との心の闘いでもあると思います。

女神とアスラとのあまりにも凄まじい戦いを思うと、気が遠くなりそうですが、物語の最後に描かれているのは「勝利」です!
私にとって『デーヴィー・マハートミャ』は、女神のように猛々しく、そして勝利するまであきらめずに、自分の中の無知と闘い続ける勇気をもらえる、そんな神話であり、聖典です。

それほど長いものではありませんので、もしよければぜひ一度読んでみてください!

(参考文献/平凡社東洋文庫『ヒンドゥー教の聖典 二篇  ギータ・ゴーヴィンダ/デーヴィー・マハートミャ』)

シャルミニー


上映会と弟子のサットサンガ

7月13日はリーラー・ヨーガ・スタジオでの初めての上映会と弟子のサットサンガ(真理の集い)が開催されました。外は厳しい暑さでしたが、スタジオの中に入るとひんやりと澄んだような空気に包まれ、火照った身体が癒されます。たくさんの弟子が新しいスタジオに集い、まずは2019年5月に行なわれた松山でのサットサンガの上映から始まりました。

映像が始まるとみんなの集中は画面へと注がれます。その集中感に包まれ、スタジオと画面の映像が一つになるような感覚になっていき、画面に映された松山のスタジオの中に自分もいるような不思議な感覚になりました。師が着座され、会場の人たち一人一人に笑顔を向け優しい眼差しを注がれているのを見るだけで胸がいっぱいになりました。

松山でのサットサンガでは実践に基づく問答が活発に行なわれていました。終わってから松山の兄弟弟子に話を聞くと、この時のサットサンガの数年前から兄弟子が京都から松山へ通い種を蒔かれていたこと、師が2016年から毎年松山を訪れサットサンガを開催されていたことを聞きました。それまでの流れがあり、師の教えに対する真摯な歩みが参加者の方々の質問に現れていたように思います。身振り手振りを加えながら質問にお答えする師のお姿がとても印象的でした。

識別を行なう際には、正しい物差しをもってこなければならない。自分の心の中だけでやってしまっては、その肝心の物差し自体が伸縮自在になって融通が利きすぎて、心の思いに引っ張られていってしまいますから、そこでは絶対性をもった尺度、物差しを必要とします。それが聖典を学ぶとか真理を学ぶとかいうことになるわけです」

「真理は学ばなければならないです。本当に一番大事なのは真実、真理を知ることなのですけれど、どういうわけか、これはどこにいっても教えてくれないのです、学校でも職場でも、あるいは社会においても。だからこそ探し求めて、この真理を見つけ出す。そうすることによって、心は楽に自立という状態をつくることができます。ヨーガはその真理を教えながら、さらには体や呼吸をそれにふさわしいようにつくり変えていくことができる」

シュリー・マハーヨーギー

私も今まで生きてきた中で、変わることのない確かなもの、真理、真実を教えてくれたのは師を除いて誰もいませんでした。たった一つの真実を教え、それに至るまでの道を示し、悩みや迷い、苦しみの全てを受け止め、解決するための答えを与え、導き続けてくださった師は、正に現代に顕れたブッダだったのだと改めて思いました。正しい物差しを与え、それに沿わせて思いと行為を正していくように教え励ましてくださる師のお姿は、映像を通して初めて師のお姿を見た方にも言葉を超えた存在としてしっかりと伝わっていたようです。

上映が終わったあとに紹介された、当時参加していた方の現在のお話には「ヨギさんからいただく教えは、心に刻まれ日常に浸透していくことを深く実感しました」「もう迷うことなくヨーガの本当の目的に向かって進んでいきます」といった力強い言葉がありました。

後半はパラマハンサ会員向けの弟子のサットサンガが行なわれ、活動報告や今後のミッションの展開についての話がありました。

いよいよ今年の師の御聖誕日からマハーヨーギー・ミッション50周年yearが始まります。新しいスタジオができ、大きく広がっていきそうな勢いのまま、50周年を素晴らしいものにできますよう私も精進していきたいと思います。

アーリヤー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑮

 

今回は、『Paramahamsa』No.21の表紙絵を紹介させていただきます。

今度はどんなヨギさんを描こうかと考えていた時、雨が降る美しい海が浮かびました。
ヨギさんがお好きだったカングラの細密画には、川や池に咲く蓮がよく描かれていますが、水の流れの描写が本当に美しいなあといつも思っていました。
また、ヨーギーの祖であるシヴァ神は、暴風雨の神として知られています。シヴァの恵みである雨が降る夜の海に浮かぶヨーギー、そんなイメージを持ちつつ描いたのがこの絵です。

この絵は、ヨギさんも気に入ってくださっていたのか、何かしらのデザインをする際にデザイン案として起用されることがあり、それが形として表に出たのが『ヨーガの福音』の表紙です。

『ヨーガの福音』と『プラナヴァ・サーラ』は、ヨギさんがニューヨークに行かれるようになった初期の頃の貴重な教えがまとめられたものですが、編集からデザイン、すべてをヨギさんが監修し、ご尽力くださって出来上がったものです。


*左から)1999年5月30日初版第1刷発行、2001年3月発行、2003年2月発行、2017年4月発行

最初は、家のプリンターを使って1枚ずつ印刷してまとめ、製本屋さんに仕上げていただいていました。初代の『ヨーガの福音』はサイズも大きかったのですが、増刷する際に、持ち運びしていつでも読めるようにと小さいサイズに変更しました。そして、完売したらまた制作するといった流れで出版していたため、表紙もその都度考えて作っていったのです。
No.21の表紙絵が飾られた『ヨーガの福音』は数量限定だったため、このデザインの本を持っている人は少ないと思います。ちょうどミラバイが持っていたので、お借りして撮影しました。

最後に、ヨギさんがシヴァ神についてお話しされた内容を、過去のブログでご紹介しています。
「シヴァと三日月」
とても興味深い内容なので、ぜひもう一度読んでみてください。

シャチー


ダヌル・アーサナで苦手意識を克服する

ダヌル・アーサナ弓の形は、その名の通り弓を模した形です。
横から見ると矢をつがえ弓のように見えます。 

初めてクラスでダヌル・アーサナを行った時、あまりにきつくて息を吸うのも吐くのも大変、この状態で形を保持するなんてとんでもないと思いました。

毎日アーサナすることが習慣になっても自宅ではダヌル・アーサナは短い保持で戻しがちでしたがクラスでは他の参加者の方々の集中力に助けられて、少しずつではありますが、長めに保持することができるように。
ただ、自分としては限界まで足を引き上げたところからクラス担当者のサポートによりさらに足が引き上げられると、「無理無理無理無理!!」と心が悲鳴を上げることもしばしば。せっかく引き上げてもらったのに、段々下がっていく息を吐き切るようにとアドバイスをもらっても、形を保持することに必死で浅いままの呼吸
ダヌル・アーサナ対する苦手意識消えないまま月日が流れていきました。 

しかし、あるを境にその苦手意識がなくなっのです
それは自宅でアーサナしていた時のこと。
次はダヌルかぁ…と毎回気が重くなことにうんざりして、もうこんなのは終わりにしたいと思いました。 

ダヌル・アーサナはきつい苦しいというのは思い込みだから無視する!
他のアーサナで息を吐き切れることもあるのだから、ダヌルの時だってできるはず!
そう決めてから、ダヌル・アーサナへの取り組み方が変わりました。 

しばらく経ったある日。いつも通り形を作り限界まで足を引き上げできる限り息を長く吐き切るようにしていたら「あれ?意外と苦しくないかも?初めて感覚に驚きました。
いつもより高く上げることができてこれまでよりは少し楽にその位置を保つことができて足が上がったことで胸が広がり、深く吐き切れました。れだけでなく、自然に吸う息が入ってくるまでの間、一瞬時が止まったように感じました。深く吐き切るなんて苦しいと思っていたのに、むしろそちらの方が楽に感じることにも気付きました。

これを機にダヌル・アーサナをするのが少し楽しみになり、アーサナ全体を通してより丁寧に吐き切ることが習慣になりました。また、形を取ることで体がきついと感じても、その感覚に囚われずに実践できるようになったと思います。
そして、アーサナだけでなく日々の行為においても避けてしまいがちなことに対してもあれこれ考えずにとりあえずやってみよう、と思えるようになっていきました。 


二元性を超える

この世界は二元性の世界です。生理的に感じる暑い寒いというようなものから、心が思う好き嫌い、得手不得手、全ての事柄が対立的に二元性を持っていると思います。そして心はそれらの二元性の中で振り子のようにいつも動揺して、定まることを知りません。ヨーガを学んでいけば、世界の二元性という現象そのものは認めるのだけれども、結局それによって心が動揺してしまうことは防がなければならない、つまり二元性を克服しなければならないということが見つけられます。暑い寒いや、快適さや不快などもそうですが、やはり心が創り出す好き嫌い、好ましいもの好ましくないもの、そういう偏見を何より無くさなければいけないということになります。
アーサナが落ち着いてくると呼吸が落ち着いてきて、同時に心も落ち着いていきます。それは聖典や真理の言葉を理解する土壌ができていくということを意味します。
心が動いている間は動揺して止みませんが、心が静まってくれば、真理、真実という不動のものを感じる力が出てきます。アーサナは間接的かもしれないけれども、そういう心に与える影響をもって、二元性の克服を目的に挙げています。 

『マハーヨーギーの真理のことば』より 

 

私の苦手意識の克服に大きな影響を与えてくれたダヌル・アーサナ。
私と同じような方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

国分寺クラスに来られている皆さんも、ダヌル・アーサナに真剣に取り組まれています!

ハルシャニー  

 

 


アーサナの秘儀 ――師が確認された古の道――Raja Yogaを終えて

5月に1年間続いた「アーサナの秘儀――師が確認された古の道――Raja Yoga」のクラスが終わりました。この1年間、一つ一つのアーサナのポーズの作り方のポイントや効果など、教わったことを家やクラスで実践しては質問する。また、他の方の質問に対するアドバイスを聞いて、自分も実践してみるということを繰り返し、正にアーサナと共に駆け抜けた1年間でした。


毎日アーサナをしていたので、できている!と思っていたことが実は全然できていなかったということがありました。ハラ・アーサナ(鋤の形)は手で背中を支えて、と教えられますが、私は手に全く力が入っていなくて、ただ背中に添えていただけでした。意識して背中をしっかり手で支えると、もっと遠くまで足を伸ばしていけることに気付いた時には、今までなぜ気付かなかったのか、と本当に驚きました。
また、サルヴァンガ・アーサナ(肩立ちの形)で、パドマを組んで頭の方に倒そうとした時に、講師の方が背中を一押ししてくださいました。その一押しは自分では今まで行くはずがないと思っていた限界を超えたところまで、ぐいっと背中が倒れていきました。「あっ、いった!」と思った瞬間に体の中が熱くなり、心がすっきりして何か付いていたものが取れたような感覚、壁みたいなものが剥がれ落ちて自然にいろいろなものが流れ始めた感覚がありました。自分でも気付かないうちに作っていた限界や苦しみから解き放たれたようでした。

気付きや学びをいただき、改めて一つ一つのアーサナに集中して、丁寧に意識して作っていくことで、アーサナ全体への集中感が増しました。その集中は瞑想へと繋がり、日常でも心が安定していました。そしてアーサナの大切さや信頼が深まり、自分を信じる強さが生まれたように思います。
このような変化は、クラスのみんなが感じられたことだと思います。

後半に設けられたサットサンガ(霊的問答)では、回数を重ねるごとに「できないと思っていたことができるようになりました!」という感想が増えて、その度にみんなで喜び合いました。ヨギさんから教わったアーサナを正しく理解したいという同じ思いで、真剣に学び、質問し、その質問に対し講師のシャンティーマイーさんが真摯にアドバイスをくださったことで、学びが深まっていきました。そして最終回では、みんながこれからの実践への期待と喜びに満ち溢れた顔になっていました。今、クラスを終えて、本当に貴重な機会だったと思います。これからの実践に生かし、精進していきます!

桜井みき桜井みき


『マハーヨーギーの真理のことば』 ~ヨーガは万人に開かれた道

「ヨーガは万人に開かれた道です。無一物として出家して励むという道もあれば、在家として家庭を持ち、仕事をしながらヨーガを深めるという道もあります。男も女も、誰もが実現できます。徳のある家に生まれる方もいれば、貧しい家に生まれる方もいます。でも、そのような条件は関係ありません。あくまでも内面の問題です」

『マハーヨーギーの真理のことば』 第四章 ヨーガの道

「真理・真実」は誰の中にもあります。そして、それは生まれることも死ぬこともない、永遠の存在であるとヨーガでは教えられています。その「真理・真実」を探求する道であるヨーガが、一部の限られた人だけのもののはずがありません。

シュリー・マハーヨーギーに出会った頃、私は既婚者で、毎日、子育てや家事に追われる普通の主婦でした。でも、心の底から「この世界の真実を知りたい!」と渇望していました。

ご縁があってマハーヨーギー・ミッションの扉を叩き、自分の思いをシュリー・マハーヨーギーに打ち明けたところ、師は心から温かく迎え入れてくださり、たくさんの弟子たちとまったく同じようにヨーガの教えを真剣に説き、私が正しくヨーガの道を歩めるよう導いて下さいました。

ヨーガの道を歩むのに、資格も才能もいりません。性別も年齢も関係ありません。どのように学び、進んでいくのかも、すべて自分の自由意志です。
そして、学ぶ方法や実践のアドバイスは、古代から続く教えの中に数えきれないほど示されています。

ヨーガに出会って、自分のこの人生がかけがえのない価値あるものになりました!
もし、少しでもヨーガに興味があるなら、ぜひ一歩を踏み出してみてください。
きっと、あなたの人生にもかけがえのない光が差し込んでくると思います!

シャルミニー


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ③

1886年、最愛の師シュリー・ラーマクリシュナ御入滅の後、ナレンドラ(後のヴィヴェーカーナンダ)と数人の若い弟子たちは、ボラノゴルに家を借りて共同生活を行ないました。

ある時全員でボラノゴルを離れてアントプルの村で数日を過ごしました。ヒンドゥ教の習わしに従って焚き火を囲んで瞑想をしていた時、頭上には星が瞬き、静寂を破るのははじける薪の音だけでした。ナレンドラは突然目を開くと、師の如き情熱をもって、キリストの生涯を兄弟弟子に語り始めました。「枕する場所」がなかったキリストのように生きることを説き、熱意に燃える彼らは、神と聖なる火を証人として出家を誓いました。

ボラノゴルに戻ると、食事を忘れて、瞑想、礼拝、研究、信仰の歌に没頭しました。各自が2枚の腰布を持っていましたが、他に外出時に必要な着物は皆が交代で着ました。様々な国の歴史や哲学体系を共に学び、議論して、疑問が生じた時には、師の教えという光に照らすことで解決されていきました。

やがて彼らは、神への明け渡し、無執着、内なる沈着を身につけようと、杖と托鉢の椀以外は一切持たないサードゥの生活に焦がれ始めます。ナレンドラもまた、孤独の平安に浸ることを願っていました。他者に自分に頼らないこと教えると同時に、自分の内なる強さを試したいとも思いました。初期の放浪は、仲間に請われると戻らなくてはならなかったため一時的なものでしたが、ついに1890年、杖と椀だけを手にしたナレンドラは、名もなきものとして広大なインドに旅立ちました。

インドを遍歴する中で、ナレンドラはあらゆる人々と交わりました。統治者、地主、神職者、そしてそういった権力者の不徳な気まぐれの犠牲にされている大衆の惨状を知りました。インドの民衆が貧困を極めているのを目の当たりにして、人々の苦しみがナレンドラの繊細な心を痛めました。こうした状況にあって自分の義務とは何か?神と交流すべく隠遁すべきなのか?と何度も自問しました。しかし、その神は人間を通して現れることを確信し、神への奉仕はインドの人々をもって始めなければならないと感じていました。

ボラノゴルから始まり雪を頂いたヒマラヤを経て、インド最南端に至る旅の終わりにコモリン岬に辿り着いたナレンドラは、鮫が生息する海を泳いで小島に渡ると、岩の上に座りました。自分の目で見てきたことを思い出し、自分の義務を自問しました。苦行と自己抑制によって、偉大な霊性の力が蓄えられ、心は東洋と西洋の智慧に溢れていました。今こそこうした力のすべてを人の内なる神への奉仕のために使わねばならない、と結論しました。

しかしどのようになされるべきなのか? 岩の上で一人沈黙の思いに沈んでいたナレンドラにヴィジョンが示されます。それはアメリカの新大陸でした。人々の心が階級という重荷から自由な国、限りない可能性に恵まれた国。感受性の高いアメリカ人に、インド古代の智慧を授け、それと引き換えに科学技術の知識を母国に持ち帰ろう。アメリカでの伝道に成功すれば、インドの国威を西洋に高めるばかりでなく、自国の人々にも新しい自信が養われるだろう、と思いました。

来たるシカゴ宗教会議でインドを代表するように友人から熱心な要請を受けたことを思い出し、渡米を決めます。ボンベイからアメリカへ向けて出港したのは1893年、ヴィヴェーカーナンダは29歳でした。

ヴィヴェーカーナンダが遍歴した路(みち)を辿ってみたいと思い、イラストに描きました。遍歴を通じてインドの現状を目の当たりにし、あらゆる人々と交わることで、ヴィヴェーカーナンダの心はインドと一つになったのだと感じました。インドの苦しみは彼自身の苦しみとなり、この後人々への救済と奉仕に人生を捧げられたのだと思います。

サルヴァーニー


リーラー・ヨーガ・スタジオ 開設から1ヶ月の様子

6月19日で新スタジオをスタートして1ヶ月が経ちました。この1ヶ月の様子をご紹介します。まずスタジオの名前ですが、「リーラー・ヨーガ・スタジオ」に決まりました。「人の本性は喜びに満ち溢れている」というヨギさんの教えを多くの人と分かち合いたいという気持ちが込められています。

5月上旬にスタジオ近辺に1800枚のチラシをポスティングしていたので、初日から「ポストにチラシが入っていました〜」というご近所の方の参加がありました。その後もチラシを見たという方、クラスに通っている方の紹介、WEBを見てなど、新しく体験に来られる方が増えています。スタジオがあることでクラス数が増え、参加される方も選択肢があって通いやすくなったと思います。「来週は予定があるから別の曜日に来ます」と言われたり、「しばらくは60分のクラスを受けるけれど、慣れてきたら90分のクラスを受けます」と言われたり、それぞれのペースで続けてくださっていて、スタジオができて本当によかった〜と思っています。
スタジオの前の通りは車の通りが少なくとても静かです。特に扉を閉めてしまうと異空間のような静けさが訪れます。クラスは日常の喧騒から離れて自分自身に向き合える貴重な時間です。集中しやすく、とても気持ちの良い空間だと言ってくださる方が多いです。

クラスに来られた方からは嬉しい言葉もいただいています。「よく眠れるようになりました」や「久しぶりにこんなに深く呼吸をしました」、「体の痛みがマシになりました」など、クラスを1回〜4回ほど受けただけで、効果を感じておられるようです。「家でもやります!」という積極的な言葉もいただきました。また通い始めた方がご親戚やお友達を連れて参加してくださって、喜びの輪が広がっています。
クラスに来られた時は少し緊張されている方も、終わるころにはとてもリラックスされ、目がキラキラとして、まるで別人のよう!?毎回そんな様子を見せていただいて、私はとても幸せだな〜と思うと同時に、ヨーガの素晴らしさを再確認し、もっと多くの人に知ってもらいたいと思うのです。ヨーガは単なる健康法ではないけれど、痛みや悩みが少しでも減るというのは本人にとっては大切なことです。毎日を快活に過ごすことができるというのは、その人の人生にとってとても大きなことだと思います。ヨーガは地道に、長いスパンで続けることが大切で、ライフワークだと教えてもらっています。参加してくださった方がまた来たい、続けたいと思ってくださるように丁寧にクラスをやっていきたいと思っています。

6月からは15分無料体験会とエコマルシェと称して、グルバイの不要になったものを軒先に並べて安く販売、丹波から新鮮なお野菜を持ってきていただいて販売しました。さらに800枚ほどチラシをポスティングし、みんなで協力して、近所の方の目に止まるように工夫をしています。雨や猛暑もあり時期的に難しかったですが、無料体験会に来られた方がクラスにも参加されました。


また6月から
金曜日の夜のヨーガ・瞑想クラス(19:00~20:30)
土曜日の朝の瞑想クラス(10:00~11:30)
バクティサンガム(キールタン)も6/29(14:00~15:30)から始まります。
7月には日曜日の朝のヨーガ・瞑想クラス(第2、第4 10:15~11:45)も始まり、クラスが増えます。アーサナだけでなく、瞑想やキールタン、ヨーガの料理、どのクラスも同じ場所で受けることができ、多角的にヨーガを学ぶことができるのはマハーヨーギー・ミッションの特徴だと思います。

スタジオの魅力は、どのクラスに行っても同じことが学べることだと思います。担当者それぞれに個性はありますが、ベースはヨギさんから学んできたヨーガです。どのクラスに行ってもそのヨーガの真髄が学べます。参加される方が、ヨーガの面白さ、奥深さに触れ、私自身が感じてきたワクワクするような気持ちや希望を持ってくださったらいいなと思っています。誰もの人生にとって必要なことがヨーガの中にあります。それは難しいことではなく、最もシンプルなこと、でも他では誰も教えてくれないことだと思います。クラスの中で一緒に学び、ともに成長していきたい、スタジオ自体がみんなと一緒に成長していけたらと願っています。

クーラーや電気、冷蔵庫、コンロなどが揃いスタジオの中は少しずつ整ってきています。まだまだ完成ではないけれど、スタジオを使いながらみんなで使いやすい形に変化していけたらいいなと思っています。ぜひ遊びにきてくださいね〜!

サティヤー


ロープを外して本当の自分を実現する

3年ほど前、義父が難病と診断されました。 
主治医から、治療方法はなく急に悪化して亡くなる可能性が高いと言われました。 
義父は現役の頃は困難を抱える人たちが安心して暮らせる環境を整えるために働き、引退後は地域の人たちのために様々な活動をしていましたが、それらを他の人に引き継ぎ、闘病生活が始まりました。 

 私は師の教えを支えとして、自分にできることを精一杯やろうと努めました。 

実に善き人の、たとえ悪しき人であっても、死に接するのは寂しいものです。 
私たちの本性が永遠不死であるから、それを知っているからかもしれません。 
病に苦しむ人、死に逝く人に奉仕することは最善です。 
身近なあなた方の家族の場合においてもそのように尽くしなさい。 
食べ物を口に運び、排泄をさせ、体を洗い、床擦れを防ぐため、時折体の向きを変えてあげねばなりません。 

義父が外出が困難になってからは、義父の好物を差し入れ、季節の変化を感じられるように話をしました。毎回義父は嬉しそうで、義父が喜んでくれそうなことを考えるのが夫と私の習慣になりました。 
急変を繰り返す度に義父の体力は低下、苦しそうな時間が増えていきました。定期的に鍼灸治療をしていたこともあり、義父の体が限界に近づいていることを痛感しました。それでも義父の気力は衰えず、一切弱音を吐くことなく力強く生き切り、旅立ちました。
義父の死が現実となり、苦しみから解放されて良かったという思い、よく頑張ってくれたことに対する感謝の思い、もっとできることがあったかもしれないという後悔の念、様々な感情が入り乱れました。 

義父が生まれ育った多摩川流域の景色

そんな中で迎えた義父の葬儀当日。
初七日の法要も併せて行われました。 僧侶の方が読経の前に、お経の意味を説明してくださいました。 

初七日とは、故人が三途の川に辿り着く日。無事に三途の川を渡れるようにと祈るお経を唱えるが、お経の最後に大きな声を出すことに意味がある。
故人が家族など大切な人たちを残したまま逝くことに未練がある場合、それはこの世に対する執着となり、三途の川への旅立ちを妨げることになる。大きな声で喝を入れるように読経することで、故人をこの世へと繋ぎ止めるロープを断ち切り、彼岸、悟りの境地へ向かいやすくする。そして同時に、残された家族も故人への想いに区切りを付けやすくする。 

僧侶の方の話に出てきたロープという言葉は、ヨーガを学ぶ中でも何度も見聞きします。 

ヨーガの目的は、誰もの中にある本当の自分を実現すること。それは仏教でいう悟りの境地へと至ることと同じです。
本当の自分とは、生まれたことも死ぬこともない永遠の存在で、誰もの中にあります。
悟りの境地とは、本当の自分に目覚め、そこに留まることです。 
私たちはこの世という此岸から、悟りの境地である彼岸へと、ボートを漕いで進んでいるような状態にあります。漕ぎ進んでいくためには、まずボートを此岸に繋いでいる「ロープ」を外す必要があります。 

「ロープ」とは無知、煩悩、執着の象徴。 
大切な人とずっと一緒にいたい、この幸せな状態が永遠に続いてほしい、と願うことは、執着にあたります。世界は常に移ろい変化するもの。どんなに大切な人であってもいつかは別れの時が訪れ、どんなに楽しい時間も無限に続くことはない。身体を持って生まれてきた以上、肉体は必ず終わりの時を迎えます。 
肉体があってもなくても「本当の自分」は永遠に変わらず存在し続ける。それこそが真実で、それ以外のものを手放していくことが、「ロープ」を外すということになります。 

義父との別れが辛く悲しいのは、限りある肉体が義父だと思っているから。それは真実ではありません。
生まれることも死ぬこともない本当の自分に向かいボートを漕ぎ進んだ暁には、永遠に自由で純粋そのものの存在として、共に在り続ける。

「善き人であっても悪い人であっても、その死に接すると寂しいと感じるのは、私たちの本性が永遠不死ということを知っているからかもしれない」

今私は、この教えに確かな希望を感じています。 
それは、死に接して寂しいとか悲しいとか感じること自体が、私たち自身の中にある本当の自分が永遠の存在であると知っていることの証明だと思うからです。

いつかこの身体を私と思っている意識がなくなり、永遠の存在と一つになったのなら、外すべきロープもなくなる。それを目指し、ボートを漕ぎ進めたいと思います。

国分寺クラス会場の近くでは毎年蓮の花が咲きます。今年ももうすぐ咲きそうです。

ハルシャニー